第28話 巨大な家の探索
【大きな家を探索した】
――そうこうしているうちに、目的地に着いたようだった。
この前と同じく――緩やかな流れの中に乗っているような静かな道行きであった。
霊の強力な磁場が働いていたせいか、呼吸に苦しむこともなく、現実に戻る気配もなかった。
――まったく不思議なことだ。
ここからが長い長い探検の始まりだった。
しかしあまり調子に乗りすぎて――この世界に長く留まりすぎた。
満足に覚えているのは――始めと終わりのほうだけで、移動しながら記憶と再生を繰り返すといった裏技は――この時完全に忘れていた。
だが、記憶に残らないのは、映像自体にも問題があった。
やたら大きな家のなか――ほとんど手探りで行く真っ暗闇の世界だったのだ。
――外はさらに暗く、景色も何も見えない。
こんな所を歩いていたんでは、どこもみな同じで記憶のしようがない。目に映るものが暗ければ、当然インパクトも弱いのだ。
覚えていることといえば、暗い部屋のなかを――あちこち動き回ったことくらいだ。
霊に会ったりいろいろあった気もするが――定かでない。
――一応覚えていることだけを記しておこう。
はじめ俺はある部屋にいて――そこには霊たちが集合していた。
七・八人くらいいたような気がする。
――なにかを霊たちと話していたらしい。
てっきりこの人たちは、俺を案内してくれるものだとばかり思っていたのだが――やがて隠れん坊でもするかのように、突然俺を置いて跳んでいってしまった。
いろんな方向へ、まるでつむじ風のように去っていった。
――待ってくれ。おーい!――
西も東も分からないのに、置いて行かれてたまるか、と必死で追いかけていった。
――走りながら思った。
ここは俺の生まれ住んだ木曾の家ではないのか――? 感じが妙に似ている。
しかし……古い。
カビの匂いがプーンと臭ってきそうだ。
――にわか造りではとうてい出来ないと思うほどの、何百年もたったような古めかしい屋敷だった。
部屋を通りぬけて縁がわへと走り出る。
庭まで追いかけていくと――そのまま道のほうへ出る組と、もう一組は、確か……風呂場のあったほうに走っていくのが見えた。
どちらを追いかけていくか迷った。
――懐かしさにひかれた俺は風呂場のほうを選んだ。本能的に必ずあると思った。
やっぱりあった。
――風呂場があった――
俺は霊たちを追いかけて――懐かしの風呂場へと入っていった。
少し話の本筋から外れるが、俺の家は明治時代に建てられた――木曾の豊富な木材を使った大きな家だった。
昔の農家なので、養蚕の盛んな土地がら――二階で蚕を飼うために少しでもスペースを確保する必要から大きな造りになったらしい。
二階から一階まで一直線に切り落とされたようなずんどう型の家で、一階は半分が人間さまの領分、あと半分は馬小屋になっていた。
昔の人は馬を大事にし、家族の一員としてあつかっていた――だから家のなかを半分こして馬と一緒に暮らしたのだ。
木曽だから夏がみじかく冬が寒い。馬が可愛そうだと思ったのだろう。
風呂場は広い馬小屋の一部を切り取って造られていて――玄関の向かって左の角にあった。
中に入って見ると――ここだけは唯一電気がついていて明るい。
だが、肝心の電灯はどこにあるのだ――?
ここには数人――この世界の住人がいた。
――見慣れない顔ばかりだ。
しかし、なにかよそよそしい感じがする。
見れば子どもばかりだ――しかもこんな真っ暗ななかで。
元気がない――しかも貧相で――どことなくいじけた感じである。
どうみても健康的ではないな?――そう思った。
――それでも俺はなんとなく嬉しかった。
しかし俺の興味は――今回は風呂場の様子にあった。
霊たちに話しかけることも忘れ――まるで殺人現場を検証する熟練の刑事のように、風呂場の中を隅々まで調べ上げた。
――なるほど。こうなっているのか――
感心して目線を床すれすれまで下げて見たり――天井をまた見上げたりもした。
――懐かしい風呂場に似ているが、どうも形態がかなり古いようだ。
そこには骨董品なみの古い五右衛門風呂が置かれていた。
俺が小さいころから入っていた五右衛門風呂は、まだ新しいもののようだった。
ここにあるやつは――風呂釜に直結した錆だらけのゴツゴツした煙突が突き出ているもので、旧態然とした代物だった。
室内全体はかなり年季が入っているらしく――壁や天井がすすけて黒ずんでいた。
なんだか実際に使っているみたいではないか。
すっかり調べつくすと、見るべきものがなくなったので、ここを立ち去ることにした。
もう少しほかの霊と話をすれば良かったのだが、それよりも新しい発見をすることのほうに興味があった。
――しかし、今考えてみると、新しいものを見ることよりも、霊と話をすることのほうがよっぽど大切なことだと思う。
俺は霊たちを残してその場を去った。
――俺はただ勝手に来て勝手に帰っていった――
風呂場から五・六歩先に玄関があるはずだ。
――勝手知った自分の家だ。堂々と入っていく。
子供の頃よく遊んだ、懐かしい玄関の土間が――家の奥へと続いていた。
ツバメが天井に巣をつくっていたので、ヒナをとろうとして母に怒られたこともあった。
奥に行けば、囲炉裏のある居間があるはずだ。
囲炉裏にも数々の思い出がある。
〈お婆ちゃん猫〉が老衰で息を引き取ったのもここだし……。
俺はちいさいころから虐めていたので、祟られると思って必死で看病した。
それは全然笑えないことだった。
その孫猫が――毒で死んだネズミを食べて――逆に自分もその青酸カリに当たってしまい、俺に助けを求めて来たこともあった。
けっきょくその猫は――手のほどこしようも無く、どす黒い血を吐いて死んでいった。
ところがかんじんの囲炉裏は見当たらなかった。
ここまで似ているのだから――あってもよさそうなものなのだが……。
暗くても人間のように物にぶつかることがないので――臆することなくどんどん先へと進んでいく。
――何でもすり抜けてしまうから安心だ。
こんな調子で家の中を探索したのだが、記憶に残っているのは、ただ戸を開ける必要もなく、部屋から部屋へとすり抜けながら、いくつもいくつもまわって歩いたことぐらいだ。
霊たちと何かあった気もするが思い出せない。
どこか色っぽい場所はないのかな?――とは思いつつ、今回は学術調査をメインにしようと真面目路線をつらぬいた。
――しかしこの家はやたらと大きく年代もたっているようだ。
大きさは半端ではないほどで、現実世界ではこれほどの屋敷は造れないであろう。
俺の家と比べてもはるかに大きい。
――暗いので部屋の様子や調度品などは、まったく見ることが出来なかった。
しかし、どの部屋もガランとして何もないようだった。
――さて、二階に上ってみよう――
そのまま上っていくと天井にぶつかった。
〈おかしいな? 抜けられない〉
しかたがないので階段から行くことにした。
♥この世界でも、時たま抜けられないところがある。なぜかはわからない♥
二階に上がってみると――やはり蚕が飼えるくらいの広い造りだ。
――間仕切りはいっさい無い――
さて、ここでちょっと面白いものを見つけた。
俺の立っている目の前の床が――四メートル四方切り取られていて――いわゆる吹き抜けになっている。
そこから下にあるはずの囲炉裏の一部分が見えた――それは普通の囲炉裏ではなく――囲炉裏のお化けのような巨大な代物だった。
囲炉裏は昔の家にはどこにでもあったのだが――今では骨董品だ。
――囲炉裏は家の中で火が焚けるようになっており、真ん中にナベやヤカンを掛ける支柱が天井から吊り下げられている。火を焚いて暖を取ったり、串刺しにした川魚を火であぶったり、煮たり焼いたり非常に重宝なものである。
しかし薪を焚くので、木によっては爆〈は〉ぜて火玉が飛んでくる。
だれかがやけどをするか――まわりは焼け焦げだらけとなる。
目の前の吹き抜けは、一階から来た煙を二階へ逃がすために空けられているはずだった。
だからうまく燃えてさえいれば、一階に煙が立ちこめることはない。
――さっそく俺はムササビのように、天井から吊り下げられている囲炉裏の柱に飛び移った。
〈こういったことはもちろん現実世界でできるはずはなく――この世界の醍醐味である〉
互い違いに四方八方に伸びている四角い棒を伝わりながら――右に左にと飛びまわった。
しかしこんな互い違いの棒は――囲炉裏には必要ないので不思議である。
霊界には用途不明の不思議なものがたくさんある。
外に出てみようと一度一階に戻って、家の裏に抜けてみたが――畑があるはずのその辺りは――ますます暗く――何が出て来るやら気味が悪かった。
それ以上は進まず家の中にもどった。
――ひょっとしてここは、地底世界ではないだろうか。
いくら暗くたって――山の輪郭や星空くらいは見えるはずではないか。
――あまりにも暗すぎる――
今度は正面のほうにまわってみようと――適当な壁を抜けてみた。
するとそこには、何と――左がわに工場がドッキングしているではないか。
木曽の田舎では不釣り合いである。
が、いままで遊んできたこの屋敷自体が――前時代のものだったから、まったくもって現代の工場は不釣り合いである。
フォークリフトが荷物を運んで、出たり入ったりするような工場だ。
霊を追いかけて走ったときにはこんなものはなかった。
工場がどこかから移動してきたのだろうか?
アスファルトの広い敷地を少しだけ走ってみたが、やっぱり暗くてうす気味悪いのでもどることにした。
〈壁をすりぬけたときに――どこかの時空へつながったのではないだろうか?〉
工場の大きな球形の窓が目に止まった。
宇宙船のような窓だ。
工場に入ってみると、かつては何かの目的で使われていたのだろうが、何もない廃屋のような荒んだ空間だった。
そのまま奥へと入って行った。
――ここも荒れ果てている。
――と、部屋の中央に人影らしきものが認められた。
白衣をきた男がぼんやり見える――ここの技師なのだろうか。
近寄っていくと、ジワリジワリと逃げるようなそぶりを見せ、大きな扉のかげに隠れるように、俺の視界から外れようとした。
たぶん俺が夢の世界から迷いこんできたと思ったのだろう。
人間と接触してはならないという不問律があるのだろうか。ここの住人はなぜこれほどまでに、俺との接触をきらうのだろう。
俺はそれ以上は追わず、さらに奥へと進んでいった。
今度はもっと広いところに出た。
この工場が生きていれば、たぶん、大きな機械がズラリと並んでいるはずの場所だ。
【拳法の達人たち】
――まてよ……!”――
なにか――人の熱気のようなものを感じる。
――首を巡らしてみると、ガランとして寒々としたそこには、三〇人ほどの男たちがきちんと並んで、何か格闘技のような訓練をしている。
――中国拳法だ!――
俺は中国拳法が好きで数々の流派を知っている。
少しばかりはできると思って――そいつらめがけて躍りかかっていった。
拳や脚を繰り出して挑みかかっていった。
かっこよく三〇人まとめて倒すはずだったのだが――たちどころに戦場から弾き出され、二人の男に壁まで追い詰められてしまった。
ここだから出来る――人間世界では間違いなく袋叩きにあって病院送りになるはずだ。
彼らはプロ――目にも止まらぬ速さで拳が繰り出される。
俺はど素人で、またしても体の動きがスローモーションで――歯が立つわけがなかった。
もう絶望的だと思われたその時――奇跡が起こった。
誘導霊が手を回したのだろうか――攻撃はピタリと止んだ。
男たちは事情が飲みこめたようだった。
すでに思い思いのかっこうで座って休んでいる――やっぱり切り替えが速い。
話を聞くために彼らの中へ入っていった。
一番近くにいた一人のベルトをつかんで持ち上げ、丁重に聞いて見た。
――少々やりかたは荒っぽいが――
〈どこから来たんですか?〉
――聞いてみたところが、男のはなす言葉は外国語だった。
言っている意味がまるでわからない。
どうも川向うの人たちらしい。
感じからして――戦争当時、日本に連れてこられて、そのままこの世界に居ついた労働者たちだろうかと思った。
中国拳法を仕える彼らとひとときを過ごせて楽しかった。
長い時間、この世界で遊んだので十分満足したし、ちょうど良く――両の瞼〈まなこ〉が閉じられていった。
この間、三〇分くらい、いやもっと居たような気がする。
♥異次元世界で戦うためには、筋力で手足を動かそうとするより、意識の力で拳や脚を動かすようにしたほうがうまくいく。
だがそれは現実世界のあらゆる武道にも共通していて、意識を使って動かそうとするほうが、実際、速くなるようである。
いっぽう筋力で動かそうとすると、無駄な力が筋肉の働きを拘束し、動きが遅くなるのである。
――この日はそれで終わったかに見えた。
だが、まもなく正体不明の第三の霊が俺に襲いかかってきたのである――
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