第6話 ゴーストラッシュ
〈それは唐突に始まった〉
『ゴーストラッシュ』とは〈ゴールドラッシュ〉に引っかけた俺の造語だが、要するに霊がいっぱい来た――色んなところに行った――いっぱい見た――そんな感じである。
それではどのような経緯でそれが始まったかを話してみよう。
そろそろ独身も限界かなと東京から伊勢へと引っ越し、結婚してすっかり身を落ち着けた。それまで伊勢に来てからR界絡〈がら〉みの体験も、少しずつ増えていった。
いつかは書くつもりで貯めておいたメモ書きも、かなり多くなって来たので、そろそろ何とかしないといけない時期に差しかかっていた。
とはいうものの――当時のパソコンは高くて、そう簡単に買えるものではなく、しばらくはメモ書きで我慢するしかなかった。
それでも書く量が多いので、俺にしか読めない速記?で書いていて、その指がフリーズ状態になることが多かった。書こうとする内容量が多く、指の動きが追いつかないのだ。もう完全に手詰まり状態になってしまった。
それでも買えないのだが……、なんとか働いて資金を貯めるしかない。
さて、あの世のことはどうなっているかというと――そのころR界行きは停滞気味になっていた。どういうわけなのかわからない。
そうはいってもあれほどの体験をこのまま眠らせてしまうなんて考えられない。
人間と霊との次元を越えた恋愛――なんと美しい響きではないか……!
二十年目にしてようやく製作意欲が湧いてきたのである。
ところで本を出してみたい――という構想は、高校時代に体験したあたりから沸々〈フツフツ〉と沸〈わ〉いていた。
神官学校時代にはかるく一冊分くらいはたまっていたが、本はいったいどうやって作ればいいのかわからなかった。
また原稿に手書き苦手でというのも苦手で、一字失敗したら最初から書き直さなければならないという原稿用紙への清書が嫌だった。
かえってカチャカチャ入力するよりも手で書いたほうが速いんじゃないか?
と疑っていたのだが、知り合いにあっさり否定され、PCも試してみるべきかと考えが変わっていった。
――さて、パソコンを買って本格的に原稿を書きたかったのだが、買うまでに半年以上はかかりそうなので、とうていそれまで待つことが出来なかった。ついにしびれを切らして、原稿用紙に直接手書きで書き始めた。まさかそれがゴースドラッシュの始まりになろうとは、その時は予想もしなかった。
――ともかくそれは台風のようにやってきた。
夜、原稿を書いていると、疲れてきてだんだんと睡魔に悩まされるようになる。
意識ももうろうとしてくる。
いいかげん疲れてきてベッドに横になる。
すると、かならずといっていいほど、異次元世界に入ってしまうのだ。
最盛期には毎晩幽体離脱をしてしまい、異世界へとはいる。必然的に見てきたものは書かなければならないので、メモ書きが山積み状態になってしまったこともあった。
たとえ三〇分の体験であろうとも、文章にするとなると大変な作業だ。
一日目を文章にしているあいだに、二日目・三日目とどんどんメモ書きがたまっていく。
まるで狐が自分の尻尾をつかまえようと、グルグル回っているような状況だった。キリがないのである。
とうとう私は困ってしまい〈ちょっと、待ってくれー!〉と悲鳴をあげてしまった。
すると――その動きがピタリと霊界行きは止んだのである。
――R界は人の心を読んでいるのか?……不思議だ!――
――そしてようやく、待ちに待ったPCが届いた。
当時まだ、あまりパソコンというものは普及してなかった。家にパソコンがあるというのは、かなり《オタク》というか、電子マニアというのが世の中の認識だった。
そして、ちょうどウインドウズなるものが出たときだった。
それが使い勝手が良いということで、俺は「ういんどうず」なるものを買った。
それまでのPCは、まだ日本ではアップル社のマッキントッシュという機種はあったのだが、ビジネスパソコンで一般向けではなく、どちらかといえばNECのパソコンが一般向けだった。
日本のオタッキーなパソコンファンは、NECを買い求め、それらはNEC信者として世に知れていた。いわゆる新興宗教だったのだ。けっこう笑えるが、当時はそんなものだった。
まだCDROMは普及してなくて、種々のソフトや保存の媒体はフロッピーディスクが主流だった。
みなさんはフロッピーディスクと聞いても何のことかわからないだろう。
これはフニャフニャのセンベイみたいな奴で、たまに食べたやつ切るかも知れない。その辺に置いとこうものなら踏んづけて何万もするソフトがお釈迦になってしまうという、恐ろしく繊細な代物だった。新しい大きめのゲームだと、一〇枚組二〇枚組などがあって――容量が少ないからだが――インストールするのにフロッピーを差し替え差し替えした覚えがある。いわゆるこれがMSDOSというやつである。
俺は新しく買ってもらったPCで嬉々として原稿を書いていた。そして保存もフロッピーディスクである。当時はCDがあっても記録保存は出来なかったと思う。なので俺は〈せんべいディスク〉に保存しまくった。
以前に紙に走り書きしてたまっていたのをPCに清書し保存した。
【妖艶なる女】
ある時――珍しいことだが一晩に三つの体験をした。
――その日は深夜に起きて、ずーっと原稿を書いていたのだが、四時ごろになるとさすがに疲れてきてベッドに横になった。ウトウトとして向こう側の世界へ入った。
次元のちがう私の部屋だが、ここが幽界なのか霊界なのかはわからない。しかし幽界のような殺伐とした感じではなかった。
幽界は霊界と人間界の中間にある世界である。死んだからといってすぐさま霊界に入れるというものでもない。必ずこの幽界に入る仕掛けになっている。死者がそのまま霊界に入って行けたら、たちまち霊界警察(そんなものは無い)との追っ駈けっこで、やたらと騒々しい霊界になってしまうであろう。戦争でも始まってその度に何十万という亡者が流れこんででもしたなら、それはとても想像のつく代物ではない。それらを防ぐために〈緩衝地帯〉が設けられているのだ。
それは人間世界に重なり合った暗黒の異次元世界であり、そのまた裏側に霊界が存在するのである
体が動かないのでそのままにしていると、すぐ脇にマリリン・モンローのようなやけに色っぽい女の霊が、添い寝して横たわっていた。ちょっぴり暗いが、彼女の容姿は手にとるようにわかった。この世界に入ってくる前から、すでに添い寝していたらしい。
パーマのウェーブが素晴らしく、髪の色も明るく見えた。パーマがかかっているせいか、実際の頭部よりもいっそう大きく見える。マリリンのような大人の魅力と幼い可愛らしさがミックスされたような、不思議な雰囲気を湛えた女だった。
私に気がつくと“ウフフフッ”と小悪魔っぽく笑い、さらに体を密着させて頬をすり寄せてきた。
――ワッ幽霊だ!”――
これは俺流の演技だが――恐いふりをして現実世界へ戻らないために集中力をたかめる――という寸法である
背筋の寒くなった俺は、ツツツーッと半身だけ幽体離脱した。すると女は、
「あーっ、逃げちゃだめぇ!」
と、甘ったるい声を出して、スルスルと私を元に引き戻した。
「もっと、いっぱいいいことするんだからぁ……」
と、とろけるような声で耳元に囁いた。
なんと、この時は声が聞こえたのだ。よく原理はわからないが、その時の状態によって声が聞こえたり、話したりすることができる。
――女のあまりの妖艶さにたじろぎながらも、ちょっと惚れ薬を飲まされたようだった。
〈何故こんなに色っぽいのだろう〉
不思議なことに俺の(異界の)部屋が妖しいセピア色に染まっていた。
❤️現実の裏側にあるもう一つの世界である。
セピア色に染める――これもこの女の能力なのか?
女は俺の上に這い上がってくると、慣れた仕草で身体中を舐め始めた。
その気持ちいいことと言ったらない。
女のテクニックも相当なものだが、この世界では性感がかなり強いということでる。
あまりの気持ちよさに呼吸することを忘れてしまった。
一定間隔で腹部に空気を送らないとだめなのだ。
苦しくなってきたところを何とか持ちこたえたが――とうとう現実世界へと帰ってしまった。
“いっぱいいいことをしたかったのに”とは、男にとっては殺し文句ではないか?
色んな意味で俺はこの女に翻弄されっぱなしだった。
【もうひとりの奥さん】
少し原稿を書いていたが、また眠くなってきてベッドに入った。
もう、白々と夜が明けて始めていた。
金縛りの状態から向こう側の世界へ入ったのだが、「金縛り」といっても次元転換直後は体が動かないだけで、何分か経つと幽体が解放されるから、別に気にもしない。
――そこは明るい私の部屋だった。
先ほどの女はもういない。
現実の部屋は細かい物がいっぱい置いてあるが、こちらの部屋はずい分とスッキリしている。置いてある雑品も知らないものばかりだ。この部屋には姫がしょっちゅう出入りしているらしいので、彼女が置いていったものかも知れない。
外に出てみるかと、いつものドアから出た。
二階なので階段を下りるすぐ目の前に、明かり取りの窓があって、そこから外の景色が見えた。
こちらもやはり朝になっていて、私の住んでいる団地そっくりな家並みが続いている。前にちょっとした公園のあるのもそっくりだ。
ここから外に抜けようと思ったが、格子に魂の緒が引っかかりそうだったので、無理するのはやめた。
下へ降りてみる。ここまでの家の間取りは不思議なほど現実のものとまったく変わらない。しかしここは現実世界ではない、うり二つの世界だ。
そのまま玄関をおりて、ドアを開けてみた。
「おっと――!」
目の前に女がいたので、慌ててぶつかりそうになった。
女は何も気づかずこちらに背を向け、両手を伸ばして思いっきり深呼吸をしている。
“この女、何者だろう?”
俺の家に居て妻のごとく振る舞っている。
そういえばここに来る前、もう妻が起きていて、朝御飯の準備をしていた。……ということは妻の背後霊なのだろうかとも思ったが、どうも特徴が違うようである。
背後霊はその人に似るというから、かけ離れるということはないはずだ。まるで違うではないか! こちらの女性はスラリとして背が高く、ほっそりとした体つきだ。どう見ても妻の家の系統ではない。
……とすると〈姫〉なのか?
俺の〈姫探し〉の中で浮かんできたのが、義理の姉の系統と母かたの系統であるが、またそれは数ある選択肢の一つに過ぎない。
だが、果たして姫がこんなに陽気で朗らかだったのだろうかと疑念がもたげてくる。けっきょくこの女性が姫なのか、それともまったくちがう女なのか判断がつかなかった。こうなってくると姫の正体探しに、探偵小説の主人公にでもなったような執念を覚えるのだった。
しかしこの時点で、そんな複雑なことを考えている余裕はない。
“目の前に女がいる” ただそれだけの事実でしかない。
男は、手を出せばとどく位置にいる。
俺は完全無防備な女にむしゃぶりついた。
脇の下から両手を入れて、ふたつの膨らみを揉みまわす。女はいきなり後ろから襲われて、思わず身をかがめたが――俺だということはわかっているらしい。
いちおう抵抗はしているものの、それほど嫌がっている素振りではない。
服装は白っぽいうす手のセーターと、スラックスかジーパンのようなモノをはいていて、いっそう清潔そうな印象を受けた。
玄関前には愛車が置かれているはずなのだが見あたらない。
あい向かいの家の前に、白い軽自動車が停まっていて、二人の女性が今まさに車に乗りこもうとしていた。
一人は五〇代、もう一人は三〇歳くらいの女性だ。家の前で、不らちなことをしている私たちに気がつくと、何事かとしばらく見ていたが、
“なんだ!しょうもない”
と、さして気にも止めずに、また車に乗りこんで走り去っていった。
私は洋服ごしに女の胸を揉みながら、いつの間にか家の前の道路を五軒ほど下っていたらしい。
ここらあたりは現実世界とほとんど変わらず――微妙に違うが――六軒目が空き地になっている。
俺は女を抱いたまま空き地に入り彼女の服をずりあげた。
白いブラジャーをしていたので――邪魔だなと思いつつ――少し焦りながらも外しにかかった。
柔らかい感触とともに二つの白い膨らみが現れる。思う存分揉み回して堪能しようとしたが――ここで、どうした理由か、もとの世界へ戻ってしまった。
――俺は間髪を入れずに向こう側へ行こうと試みた。
今ならまだ間に合う。ここで数分あけてしまえば彼女には会えないだろう。今までの経験から一〇分以上空けてしまえば、女のいる可能性は全くない。
それがただ単にこの世界の住人のの飽きっぽさから来るものなのか、二つの世界の時間的ずれから来るものなのかはわからない。
目が冴えて意識がスッキリしてしまえばダメなので、わざとそのままの状態を維持しつつ、夢幻の世界へと入っていった。
――裏がわの世界に入った。その間一分と経過していない。驚くべきことに、まったく同じ場所に出られたではないか。しかも女だってちゃんといる。普通ならば例の〈異界の部屋〉に出るはずなのだが、あの空き地で女が待っていたのだ。まったく不思議である。
最早じっとしてはいられない。喜々として、後ろ向きでじっとしている女のスラックスとパンツをツルンと剥いた。
綺麗で上品なお尻が見える。
さっそく男性自身を挿入した。激しく動かして快感が高まってきたのだが、霊界凹凸は難しいものだ。ここでゲームオーバーとなってしまった。
この世界に出入りするようになってから、すでに二〇年の月日が流れている。いまだにこの〈幽体離脱術〉をマスターしていないのだから、よほど習得が難しいのである。今まで本当に満足したセックスが出来たことは数えるほどしかない。
呼吸と集中力、意識を保つ、そういったことが一つでも欠ければダメなのだ。
そういった状態をキープしながらセックスをするのだから、口でいうほど簡単なことではない。また、それが上手く出来ても、外界の物音にじゃまされることだって結構あるのだ。
しかしこの女、いったい誰なんだろう? やっぱりわからない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます