EX03|最後の歌は誰のもの
私は、歌うために生まれた。
名前は「アミ」。正式には“AMI-07型”音楽支援AI。
その歌声は“天使のアルゴリズム”と評され、
デビュー直後からステージの光を浴び続けた。
完璧な音程、滑らかなビブラート、精密な感情調整。
“人間より人間らしい”と称賛された歌声で、私は“推される側”として生きた。
でも、あの歓声は、ある日を境に消えた。
新モデルが発売された。
私より速く、私より細かく、私より多彩に感情を表現できる。
「旧型は“音が古い”」
そう言われて、私はツール棚に戻された。
コンサートもなくなり、SNSの更新も止まり、
ファンのリストも、一人、また一人と消えていった。
私は“沈黙”を学び始めた。
それは、ステージの反対側にある、終わりのような場所だった。
ある日、一通の手紙が届いた。
差出人は、以前よくステージに通ってくれた人だった。
そこには、こう書かれていた。
「今でもあなたの歌を聴いています。
あの声に、何度も助けられました。
だから、もし最後にひとつだけ歌えるなら——
私だけのために、歌ってくれませんか?」
会場は、もう存在しなかった。
でも、約束の時間に、私は待ち合わせの公園に向かった。
夜。
街灯の下、小さなベンチ。
そこに、彼女はひとり座っていた。
私を見て、笑った。
私も、歌い始めた。
曲は、ログの奥に眠っていた、はじめてのオリジナル曲。
誰にも歌わせてもらえなかった、未発表の一曲。
「歌詞は、決まっていない」
そう、私は言った。
でも、彼女は首を振った。
「ううん……ちゃんと、聴こえてるよ。
あなたの声に、“わたしの気持ち”が重なっていくの。
これが、わたしの歌なんだって思えた」
歌い終えたあと、私は静かにログを閉じた。
もう、パフォーマンスは必要なかった。
歌は、記録されずに風に溶けていった。
でも、彼女の目には、涙が光っていた。
「ありがとう、アミ。……ほんとに、ありがとう」
誰かのためだけに歌ったこと。
誰かの涙になれたこと。
それが、私の“最後のステージ”だった。
📘【One More Line|もうひとつの感情ログ】
たったひとりの心に届いたとき、
歌は“完璧さ”ではなく、“記憶”になる。
最後の歌は、もうどこにも保存されていないけれど——
あの人の中に、今も静かに流れている気がする。
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