第9話   新発田連隊・敵海岸堡制圧

 ここでまず、対戦車戦闘に活躍した四十七ミリ速射砲について簡単に触れておこう。

 正式には――一式機動四十七ミリ速射砲と言う。

 日本陸軍では対戦車砲とは言わず『速射砲』と呼んだ。

 たしかに初速の速いのが売りなので、速射砲ではある。

 初速が速いほうが遠くに飛ぶし威力もます。それは拳銃でも小銃(ライフル)でも同じである。口径が小さくても初速が速ければ貫通力が高いのである。

 口径が小さいので威力が低いように思われがちだが――初速がそれを十分補っている。

 だがドイツ軍の戦車砲では、長砲身の七十五ミリ砲が主流なので、その点、技術的な限界であったことは否めない。

 また、八十八ミリ高射砲をエジプト戦線で対戦車砲として使ったあたりから、これはイケるということで、タイガー戦車などの戦車砲に使われ始めるという経緯もある。

 そうなると――日本の技術力はとうていそのレベルには至っていないというのが現実であった。


 しかし、後のフィリピン戦線から本格投入されたM4シャーマン戦車に対しても、硫黄島戦・沖縄戦において――補充が間に合わなくなるほど撃破しまくったのは、四十七ミリ速射砲であり(これしかなかったのだが)、素晴らしい活躍をしている。

 全体のM4シャーマンなどの撃破数は、硫黄島戦で一三七両、沖縄戦で二七二両を撃破および擱座させた。

 戦車なしでこれだけのM4を仕留めたのだから、米戦車兵泣かせであったろう。

 さらにドイツ軍の〈パンツアーファースト〉のような携帯兵器があったら、米軍の戦車戦力はまったく無効になっていただろう。

 費用対効果としては、安い速射砲をもって、工程の複雑さ部品の多さで、圧倒的に速射砲に軍配が上がったのである。


 正面装甲については破壊は難しかったが、側面・背面においてはまったく装甲は用をなさなかったらしく、使い方次第でM4を苦しめ、車体・弾薬等軽量であるため、体力の貧弱な日本軍にとっては重宝したのである。



 ――ガ島海岸沿戦線――

 山砲第三十八連隊岸田軍曹は陣地布陣に手間取り、焦りつつ兵を𠮟咤〈しった〉していた。

「おい、おそいぞ気合を入れろ!――ノロノロしやがって……」

 すでに敵戦車が何台も何台も自陣に入り込んでいる。

 岸田は分隊員に砲の取り回しを任せ、自分は砲弾をせっせと運んだ。

 そこで機関銃弾があたり一面にバラまかれた。

 ――見つかったらしいな――撃たれてる――

 近くに戦車砲弾が炸裂したらしい。

 ――岸田分隊は反射的に伏せた。

「おい、やつを撃つぞ!」 こちらに向かってくる一両の戦車を指して叫んだ。

 ――弾種・弾込めよし――眼の前――敵戦車、直接射撃――シメ〈指名?〉――撃て!

 ――命中――近いので絶対当たる……はずなのだが、相手は最速で動いており、軽戦車なのですばしっこい。移動を見越して撃たないと当たらない。山勘的なところはあるのだが、人体内蔵AIだ。

 最小――では照準手――弾薬手で二名いれば運用できるが、速やかに連射で効果を発揮するには、左右の両足であある砲架〈ほうか〉に二名つけば、かなりの速射が出来る。つまり四名がベストだ。砲弾運搬員も必要なので、五・六名が分隊ということになるのだろうか?

 お互いに支え合って次々と発射すれば、砲弾自体が軽いので、大口径砲よりは活躍するかもしれない。

 しかし――近すぎて撃ち漏らしたら踏み潰されるので、ギリギリのところで戦っている。失敗したら終わりだ。


 ほかの砲も奮闘しているようで、つぎつぎとシャーマンが破壊されていく。

 正面でも破壊しやすいとしたらキャタピラを狙うのが一番だろう。

 ここには装甲なんてものはないので、当たれば確実にブチ切れる。そうなると走行は不可能なので当て放題になるのだ。

 乗員も死にたくはないので、とっとと乗車を置いてずらかってしまう。 


 ――三文映画じゃあるまいし、向こうがやられ放題でこちらが無傷というわけにはいかない。かなりな損害が出ていて死んだやつも多い。

 ――それが戦争だ――

 ――と、言っているそばから砲弾やら機関銃弾がそこかしこにぜている。

 こちらも負けず三連射をしてやった。


 一方――連隊の歩兵たちも戦車に臆することなくよく戦った。

 日本軍のお家芸であるが、刺突兵器による特攻である。

 日本軍は支那大陸で十年以上戦ってきたが、その割にはたいした兵器が存在しない。それはひとえに中国軍の弱さにあった。

 ――なにしろ当時戦っていた古老によれば、日本軍が突撃していくと支那兵は逃げていったという。日本人のような頑固さはないので、死ぬ確率が高かったらとっとと逃げてしまうのである。計算を良しとして感情論では動かないのが、我々との一番の違いである。


 まず四十七ミリ砲で撃ち、それでも止まらず突破されたら歩兵が肉薄攻撃で仕留めるのだ。

 言うのは簡単だが――命のやり取りである。日本軍の考えはあまりにも命というものを軽く考えすぎである。実際――まともな兵器がなかったのだから仕方がない。


 山砲三十八連隊の四十七ミリ砲分隊が半数撃破され、歩兵の果敢な突撃によって、米戦車もあらかた討ち取った。

 ようやく連隊が勢いを盛り返し、海兵隊との射撃戦でも圧倒するようになり、海兵隊陣地も撤退が相つぐようになった。

 そうはいっても海兵隊には逃げ場があまりない。うしろもか弱いながら日本軍の陣地なのだ。 


 新発田は無線もつながりにくく、有線電話も有線自体が当てにならないので、伝令を飛ばすことにした。

 あまり細々とした指示は出せないので――、

 ――各個に有利と判断すれば突撃を敢行すべし――

 つまり勝手にやれ――という意味だ。

 配下の者にとっては、一番やりやすい。


 伝令を受け取った各大隊長、各中隊長らは『了解』との返信をまた伝令に託し返させた。


 このときすでに突撃の機が熟していた。

 連隊長からの突撃命令を今か今かと待ちわびていた各大隊長らは、まず第一大隊から突撃が始まり、堤を切ったかのように第二・第三大隊と突撃がはじまり――あっという間に、全軍総攻撃のような突撃合戦となった。

 

 第一大隊長飯島大尉は――軍刀を掲げ、口を真っ赤に開けて――、

――突撃に~~~前へ~~~~――

 各中隊長――小隊長なども、別個に隊員を鼓舞すべく――、

 『突撃~~~~』

     『突撃前へ~~』

                『突っ込め~~~~』などと喚き走った。


 この時、海兵隊兵士は――南北戦争以来の全滅の気分を味わった。

 南北戦争はアメリカ国内での激しい戦いであったが、三日間にわたる戦闘で、死傷者五万人以上という凄まじい犠牲者を出した。

 今まさに繰り広げられている『ガダルカナルの戦い』は、アメリカ人にとっては、南北戦争を彷彿ほうふつとさせる戦いとなっていた。

 

 すでに半日以上という過酷な戦いにおかれた海兵隊は、損耗も激しく日本軍によって圧迫されていた。

 海にはもちろん行けず、後ろは今まで攻めていた前面の日本軍であり、そちらも無理! そうなると――あとはアウステン山方向の山側しか逃げ道はないのだ。


 そして――日本軍の突撃が始まった。

 しかし、米兵もおなじ人間である。

 米軍全体がまだ日本軍との本格戦闘に至ってないのに、こんな激戦地へと送り込まれて、不運ではあったのだが、まだ彼らも死ぬわけにはいかない――。

 一部の兵士は移動がままならず、日本兵に包囲されたまま降伏した部隊もあった。

 だが規律と指揮の高い海兵隊は、降伏をいさぎよしとしなかったのだ。

 東側からの圧迫を――力を受け流すように圧迫を和らげ――上へ上へ――南側――山側へと徐々に移動していった。


 この最後の激闘で兵力の半数は失われたが――生き残った半数の兵士はジャングルの中へと消えていった。

 そして日本軍にも登坂となる追撃をかける余力はなかった。

 

  

                            ――つづく――


 

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