第5話   新発田第二連隊、進撃開始!

 

 ルンガ岬西側海岸線への砲撃が開始されたのは――深夜一時を過ぎたあたりからだった。米兵を飛行場から追い出し、山側陣地へと圧迫し、辺り一帯を制圧――第二段階まで進んだからだった。

 そちらのほうの作戦名は――解りやすいようムカデ高地があるので〈ムカデ作戦〉とした。 

 一方――海岸方面はウミガメが卵を産みに来るのに因んで〈ウミガメ作戦〉とした。


 新発田長敦は〇一一三(まるひとひとさん:一時一三分)ウミガメ作戦を下令した。

 図上演習段階で布陣位置関係は――第二大隊(海側)、第一大隊(真ん中)第三大隊(山側)となっており、その手筈通りに横一線にならんだ。


 ――新発田の大号令――

「お前ら進め~~~!」

『〇一了解』(まるひと――第一大隊)

    『〇二了解』(まるにー――第二大隊)

        『〇三了解』(まるさん――第三大隊)

 飯島大尉(第一)、佐野大尉(第二)、甲山大尉(第三)は軍刀を振るって攻撃発起の合図を送った。

 三軍が一斉に動き出す。

 木立や藪〈やぶ〉があれば良いが――ほとんど無いところでは姿勢を低くして例の日本軍特有の姿で走るしかない。


 米軍は本格的ではないが――艦砲撃の合間にあちらこちらで機関銃弾をバラ撒いており侮〈あなど〉れない。

 米軍は眼の前の敵(仙台第二師団)に対する防御の人員から、多くを割いて東部(飛行場)方面に兵を派遣した。

 この時すでに師団本部は危うい状態だったが――取り敢えずは背後を護るために防御陣地を築かねばならない。

 塹壕掘りはそうそう簡単なものではない。いくら屈強な海兵でもまともな塹壕なら数時間で出来るかわからない。

 取り敢えず弾除けになるくらいの穴は掘った。掘っているうちにも近くに艦砲弾が落ちて来てみなで一斉にジャンプダイビング。

 ――命がけで最も安い仕事だ――



 だんだん日本軍の砲撃音が近づいてくる。

 この瞬間がイヤだ。

 みな思い思いに頭を過〈よぎ〉るものがあった。

 愛するもの……恋人……家族……愛する犬やネコたち。

 いままでの人生が走馬灯のように流れる。

 どうせ死ぬなら……あの時こうすればよかった……なんであんなことをしたんだろう……片思いの彼女にどうせなら告白して来ればよかった。


 もう遅い……。

 ――いや……生きるんだ――生きてあの国へ帰るんだ――。

 ………………。



【第一海兵師団司令部】

 ヴァンデグリフト少将は、吹き飛ばされた司令部テントのあった跡地を――口唇を噛み締めながら見ていた。

 着任して早々にガダルカナルに派遣されたのは、幸であったか不幸であったか、初任務が激戦地であった。

 とはいえ簡単な上陸任務を恐ろしく困難にさせたのは日本軍であった。


 彼らは死んでも死んでも――倒れても倒れてもゾンビの群れのようにやってきた。まるでジャングルから湧き出してくるように這い出てくるのだった。

 ブードゥ教のゾンビといわれる化け物に例えるのが一番良い。

わが部下たちである海兵隊員は優秀だったが、特になにをやるでもなく――ひたすらそのゾンビたちに機関銃の弾をバラ撒いていればよかった。

 迫撃砲をひたすら撃ち込み、榴弾砲の弾をひたすら薬室へ放り込んでいればよかった。

 〈ところが――今度のジャップはちがう――正面から来やがったんだ!〉

 


 ――日本艦隊の艦砲射撃は激烈を極めた。

 もう数時間はたつのにまだ鳴り止まなかった。

 最初の一時間で司令部テントは吹き飛ばされ――俺たちは這々の体で逃げてきた。ここもそろそろマズいかも知れない。

 通信網は寸断されつつあった。有線(電話)の断絶した部隊は、すでに無線に切り替えた。


 ――また砲撃が始まった――


 〈ジャップの野郎……どんだけ撃ち込みゃ気が済むんだ!〉


 ヴァンデグリフトはそそくさと逃げ出した。

 アメリカ人にとって撤退は恥ずべきことじゃない。

 〈何度でも逃げて――何度でも戻って来て戦えば良いんだ〉

 〈ひょっとして……あいつら撤退とか逃げる……とかしないんじゃないか? 退〈ひ〉く姿なぞ見たことがない??〉


 『ドーーン』 ――凄まじい音が鳴った。

 ヴァンデグリフトはじめ、皆が耳栓を持っているわけではなかった。

 何発の至近弾を食らったのだろうか?

 すでに耳がバカになっている――難聴気味……耳がキンキン鳴ってる――耳のなかで下手なオーケストラが大合奏しているようだ。


 その時――一瞬恐怖心に包まれ――部下もなにもかも放っておいて駆け出した。

 ヴァンデグリフトは足元の岩塊に足を取られ――もんどり打って倒れた。

 その瞬間――巨大な爆発が起こり――爆炎の閃光とともに――爆風と――粉塵に襲われた。

 第一海兵師団司令部のテント群は一瞬にして吹き飛び――将校の大多数が死傷――通信機器・作戦図・その他諸々が破壊、爆散、燃焼した。



【新発田連隊攻撃前進!】

 新発田長敦は本庄繁長との約束通り――西方向――海岸方面に転進した。

 各隊が伝令を介して命令を受け取り、時間差を経て一斉に動き出した。


 新発田連隊長は号令を発する。


 ――連隊は海岸沿い、西方向に向かって攻撃前進せよ――


 すでに第一海兵師団の司令部らしき一群のテントは砲撃によって壊滅していた。

 恐らく敵司令部は奥地へと移動したであろう――その残骸も残っている。


 新発田は第三大隊甲山大尉に〈ルンガ川に沿ってアウステン山方向へ攻め上るよう指示した。

 『了解――第三大隊はルンガ川に沿ってアウステン山方向へ進撃します』


 「おう――真南の方角だ。制圧次第、第一線鉄条網に沿って、西方向に転進――敵側面を圧迫せよ。敵の抵抗が強ければ――すぐに砲撃要請を打電せよ」

 『了解――!』 甲山は任務を再度復唱した。


 「第一大隊!――第二大隊!」新発田が叫ぶと――、

 『はい、第一大隊飯島大尉』

    『はい、第二大隊佐野大尉』 と応ずる。


 「お前らは海岸から山にかけて敵兵をもらさず掃討し、横一線で攻めよ。もちろん艦砲射撃に注意し――危ない時は即座に退け……」

 〈横一線――横隊で平原等で横一線に展開しして前進する軍隊用語〉

 『第一大隊了解!』

 『第二大隊了解!』

 「第二大隊は海岸側――第三大隊は山側だ――!』


 『了解――!』

 佐野・甲山両名はバネに弾かれたように敬礼し、自軍の部隊へと走った。


 ――艦隊司令部へ――座標〇〇〇〇〇〇〇〇、砲撃要請――

 ――了解――しばし待て――


 通信用語はすべて命令調である。こちらが二等兵――相手が山本であろうと命令調である。通信は短いほど良く、だらだらと送っていると――位置を特定――攻撃されるのである。


 弾薬が込められ――砲塔が回り――射撃が開始される。


 海岸に近いので一五センチ砲なら攻撃可能である。

 一〇センチ砲でも届くのだが――海岸に近づきすぎて、敵の砲撃にあう恐れがあ る。だが、敵の砲兵は奇襲効果もあってなかなか砲撃が当たらない。至近弾があれば退避すればよいと――果敢に海岸線に近づいて砲撃する艦が多かった。

 巡洋艦程度なら余裕で砲撃可能であるので――各艦は砲撃準備からギリギリまで近づき砲撃を開始した。



【新発田軍・海岸線横隊戦列】

 陣地へもどった各大隊長は――、

 『連隊は――これより西方に向かって前進する』

 『大隊――攻撃前進――前〈まい〉へ~~~』


 「捕獲した武器はすぐに使え――!我が軍の弾は少ないからのう――」

 新発田は使えるものはなんでも使う腹だ。

 この強引さが戦場ではものをいうのだ。


 新発田兵は日本軍特有の進撃姿勢で進んでいった。

 三八式を右手に引っ提〈さ〉げ、姿勢を低くして一定速度で走る。

 だいたい日本兵の進撃姿勢だ。

 ――新発田兵は軽快な歩調で進撃していった。


 敵機関銃の一斉射の閃光が暗闇を引き裂〈さ〉く。

 日本軍はわらわらと伏せ――頃合いを見て指揮官の軍刀を合図にまた前進する。


 先陣の部隊が突撃に移ったようだ。

 「小隊~~突撃前〈まい〉へ~~~」

 ――日本軍兵士がばらばらと歩兵銃を構えて突撃する。

 機関銃座は制圧したようだ。

 両軍の戦闘幅は一キロ幅で展開され、あちこちで戦闘が繰り広げられた。


 米軍はすでに自軍の陣地内に入りこまれているので、今までに造られた陣地はすべてが逆向きであり、まともな構築陣地はなかった。



 日本艦隊からの本格的な艦砲射撃はなかったが、巡洋艦・駆逐艦クラスの小口径砲の断続的な砲撃は続いていた。

 一〇センチから一五センチなどと戦艦と比べれば口径は小さいが、これだけの大艦隊ならば砲撃は凄まじい。

 隻数は多いので適当に撃ってもどこかに着弾し、運の悪い時は兵士が吹き飛ぶ。

 日本の水兵が暇つぶしに石を投げているような、脈絡のない嫌らしい砲撃が延々と続く。

 それでも全体の砲撃数は多い。

 いつ――どこに落ちるかもわからない気紛れ砲弾は――米兵にとっての恒久的な恐怖であった。



【米第七海兵連隊・第二大隊】

 山側の警備を行〈おこな〉っていた第七海兵連隊第二大隊が日本軍に対する防御として、飛行場側に向き直って布陣した。

 大隊長エヴァンス大佐はジープで布陣地点に到着した。日本軍に気づかれないよう無灯火である。


 ――当たり前の話だが――夜間の作戦においては絶対に所在が解ってはならない。

 やむをえずとも最低限の明かりで行動する。明かりの数で部隊の規模を図れるし――逆に小隊規模であると思っていたら大隊規模――であったということもありうる。

 ――無音・無照明であれば奇襲は成功する。

 この時の海兵隊の場合は――集音マイクをジャングルのいたるところに仕掛け――日本軍の動きは筒抜けだったのだ。

 〈――現代戦では熱感知で歩兵がくっきりわかってしまうし、熱源を発する装甲車両もすべてわかってしまう〉 

  

 すでに戦車五両が配置済みである。

 スチュワート軽戦車は小回りがきき取り回しも楽で多くの戦線で重宝されている。装甲の薄い日本の戦車などは恰好〈かっこう〉の的である。

 後にシャーマン戦車が太平洋戦線に配備されるようになると、さらに日本軍は苦戦を強いられるが、ちょうどこの戦いが始まったあたりで量産が開始されるので、ガ島戦線には間に合わなかった。


 日本軍の攻め足が速く塹壕を掘っている暇がないかもしれないが、兵士たちは言われるまでもなく黙々と土を耕している。――だれも死にたくないのだ。

 


【第七海兵連隊第二大隊】 

 大隊長ウィルソン少佐は、急ピッチで陣地・塹壕を造らせていた。

 「急げ、急げ~~。敵はすぐにやって来るぞ。死にたくなかったら掘りまくれ~~」

 後方からやってくる日本兵たちは恐怖そのものでしかなかった。

 これでは挟み撃ちではないか。

    ――分が悪い――


 だんだん艦砲射撃の音が近づいてくる。

 ――凄まじい音だ。

 火薬・土塊・草木類が焼けただれ焼け焦げて――入り混じったような複雑な匂いが立ち込めている。なかには肉の焼けたような嫌な匂いも混じっていた。

 もう――地形が変わってしまったのではないかと思うほど――どこもかしこも爆音と炎・粉塵だらけである。

 米兵たちの恐慌は深刻で〈まるで魔王が迫りくるように〉彼らの心は恐怖に支配されていた。


                            

                             ――つづく――            




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る