『時層の狭間で、オジサンは叫ぶ』

@rice_paper

第1話:おじさん、止まった時間

坂本は今日も、壊れた家電と向き合っていた。


薄暗い作業場。昭和から時が止まったようなこの場所に、ネジを締める金属音が乾いたリズムを刻む。

「よし……あと一歩だな。おまえも、まだ動きてぇんだろ?」


独り言はクセだ。けれど、目の前の古びた炊飯器は、確かに嬉しそうに鳴いた気がした。

坂本重義、53歳。元・時計職人。今は町の“なんでも直すオジサン”だ。


肩は痛む。腰も鳴る。白髪交じりの頭をかきながら、彼はふと、作業台の端に置かれた懐中時計に目をやる。


――カチ、カチ、カチ。


時間が……逆に回っていた。


「……またかよ」


数日前から、時計の針が狂い始めた。電子もアナログも関係なく、すべて“戻る”ように回転している。


最初は気のせいかと思った。でも今では――


「…………ッ」


自分の手のシワが、薄くなっているのを、坂本は見逃さなかった。



その夜。

作業場に、誰かが来た。


ドアが静かに開く音。だが、チャイムは鳴っていない。坂本が顔を上げた瞬間、視線がぶつかった。

銀髪の少女が、無言で立っていた。


小柄な身体に、濃紺のコート。光に透ける髪の毛先。腰には――無数の“鍵”。


「坂本重義氏ですね」


「……誰だ、おまえ」


「“時間が、流れていません”。このままだと、あなたも巻き込まれる」


「……何の話だ?」


「この世界の“時計”が狂っています。そしてあなたは……その中心にいる」


少女の右目が、一瞬だけ光った。瞳孔の中に、“Ω”の文字が浮かび上がる。


坂本は無言で立ち上がる。背筋が、自然と伸びた。

長い間感じていなかった感覚。――“時間が、動き出す気配”。


「名前は?」


「ミナ。……あなたに、お願いがあって来ました」


「俺に?」


「“あなたの時間”を、貸してください」


少女はそう言って、腰の鍵を一本、静かに抜いた。


金色の歯車が、空中に浮かび、周囲の空気が“巻き戻り始める”。


窓の外――夜の街が、逆再生のように静かに、しかし確実に壊れていく。


「始まります、“時層の崩壊”が」


ミナの声が、静かに響いた。


そして、坂本の懐中時計が、音を立てて割れた。


――カチ、カチ、カチ。


壊れたはずの針が、なお回っていた。逆に。まるで、何かを巻き戻すように。


坂本の眼が、鋭く光った。


「……直すしかねぇな、時間ってやつを」




■後書き(あとがき欄に記載推奨):

ご覧いただきありがとうございます!


『時層の狭間で、オジサンは叫ぶ』は、時間SF×ヒューマンドラマの漫画原作用短編連作です。

本作では、主人公・坂本が異常をきたした世界で、失った家族の記憶と“壊れた時間”に向き合っていきます。

毎話、「時計の針」に対応する“ボス”と対峙し、それぞれが坂本のパラレルな存在です。


次回、第2話では時間の歪みに導かれて、坂本が“最初のボス”と接触します――

その名は、アイオ(1時のボス)。


どうぞ引き続きよろしくお願いします!


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