日常となる新生活
ミTerら使
日曜朝の苦悩
目覚ましは鳴らない。
それだけで、今日は特別な朝だと悟る。
カーテンの隙間から差し込む光が、平日のそれとは違う柔らかさを持っている。時計を見れば、午前7時48分。いつもの登校時間なら、とっくに制服で身を包んでいる頃だ。
しかし今日は日曜日。布団の中にいたまま、私は深く息を吐いた。程良い悦に心が染み入る。
だが、胸の奥がざわついている。
休日の朝が訪れるたび、決まって訪れるこの感覚。安らぎの中に潜む、説明のつかない焦燥感。
"何かをしなければ"
"でも何を?"
布団の中でスマホを手に取り、SNSを開く。誰かの『朝ラン5キロ達成!』という投稿が目に飛び込んでくる。別の誰かはカフェでの写真を載せていた。どこかで誰かが充実した日曜を過ごしているのに、自分はこうして天井を見つめている。
「もう少し寝てもいいんだ」と誰かに言ってほしい。
「何もしなくてもいい日なんだよ」と許してほしい。
けれど、そんな声はどこからも聞こえてこない。
代わりに、冷めたコーヒーの残り香が鼻をくすぐる。昨日の夜、明日はのんびりするんだと誓ったはずなのに。朝が来ると、決まって心が追い立ててくる。
───時計の針は8時半を指した。
結局、私は布団を出て、歯を磨き、食パンを焼いた。
ゆったりとした時間が過ぎ去る。その雰囲気を噛み締めながら、髪をまとめて寝間着のままベランダに出た。
洗濯はコインランドリーで済ますので、それは目的ではない。
「枯れてるな……」
花。中学校の卒業に際して、担任に渡す花と一緒に店員に言われるがままに買ったおまけ。確か、デルフィニウムだとか。
育て方が分からないような人間なので、とりあえず外に置いておいたのだ。
果たして、あの日見た鮮やかな青は見る影もなく、萎れていて所々茶色い。
「水、あげてなかった……?」
独り言のように呟きながら、私はしゃがみ込む。プラスチックの鉢の縁に指をかけて、そっと持ち上げる。軽い。土が乾いている証拠だ。
たしかに。いつから水をあげていなかったのか思い出せない。花なんて育てたことがなかったし、そもそもこの花も、何となくその場の空気に流されて買ったものだ。
「ごめん……」
謝るように、自分の罪を誤魔化すように、ベランダの片隅に置いたジョウロを手に取る。中には、少しだけ水が残っていた。それを鉢に注ぎながら、私はぼんやりと花の姿を見つめた。
もうダメかもしれない。でも、まだ完全に枯れたわけじゃない。少しでも青が残っている限り、もしかしたら復活するかもしれない。
「日曜って、こういうことをする日だっけな……」
花に話しかけるように、でも本当は自分に言い聞かせるように呟いた。SNSに映えるようなランニングも、お洒落なカフェも、私には遠い。だけど、枯れかけた花に水をやるこの時間は、少しだけ胸のざわめきを和らげてくれる気がした。
傲慢だろうか。
空を見上げると、春らしい薄曇りの向こうに、ほんの少しだけ青空がのぞいていた。今日という日も、何かに追われるように始まってしまったけれど、それでもまだ取り戻せるかもしれない。そう思えるだけの余白が、日曜日にはあるのだ。
私は立ち上がり、少し伸びをした。そして、まだ温まっていない部屋の中へ戻ると、テレビをつけてニュース番組を聞き流した。
まだ、間に合う。
◇
───夜になった。いや、なってしまった。
カーテンは白々しく開き誇っており、部屋に明かりは灯っていない。網戸から見える暗がりでは虫が騒々しく鳴いている。
そして、静かな部屋の中でひとり、"なにもしない"という苦悩にまた敗北するのだった。
「───私はいつもこうだ」
結っていた髪を解いて垂らした。
明日に備えよう。
※あとがき
更新頻度は遅いです。思い付きと暇つぶしで書いているので雑ですが悪しからず。あと気に入ってくれたら次話も読んでくれると嬉しいです。今回はあとがきがありましたが、基本書かないのでご安心を。
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