第15話

 学園の地下最深部から立ち上る、禍々しい紫黒色のエネルギー柱。

 それは天を突き破り、空を不気味な色に染め上げ、世界そのものを震わせている。

 ゼファルの狂気に満ちた神化儀式が、ついに最終段階へと到達したのだ。


 学園内に満ちていた魔力が、まるで巨大な掃除機に吸い込まれるかのように、儀式装置へと強制的に吸収されていく。

 魔法使いたちは次々と力を失い、魔道具は制御を失って暴走し、学園は文字通り、法則が崩壊していくかのようなパニックに陥っていた。


「ククク…ハハハハ! 感じるぞ! 世界の法則が、この私という新たな存在にひれ伏していくのを! 全ての魔法、全ての異能、全てのエネルギーが、今、私の中に集束する!」


 地下から響き渡るゼファルの哄笑。

 それはもはや、人間の声ではなかった。


 そして、その神化のエネルギー奔流は、俺自身の存在を、もはや限界点を超えて希薄にしていた。

 身体はほとんど光の粒子と化し、輪郭すら曖昧になっている。

 仲間たちの声も、まるで水の中から聞いているように遠く、くぐもって聞こえる。


 意識が深い闇へと沈んでいく。

 抗う気力すら、もう残っていない。

 暖かく、ひどく心地よい虚無が、俺を優しく誘っている。

 全てを諦めて、このまま消えてしまうのが、一番楽なのかもしれない。

 俺は、静かに目を閉じようとした。


「させるかァァァッ!」


 その瞬間、遠くで、ボロボロになったユウトの、魂からの叫びが聞こえた気がした。


「イオリは! まだ終わってねぇんだよ! 俺たちのバカで、最高のマブダチなんだからなァッ!」


 そうだ、と他の生徒たちの声も続く。

 「イオリを信じてる!」「俺たちの居場所を、返せ!」泥臭く、しかし必死な、魂のこもった叫び。

 それが、虚無に沈みかけていた俺の意識の片隅に、チリッと小さな火を灯した。


『イオリくん見て! これが私たちの望む未来だよ! イオリくんがいなきゃ、絶対に始まらない! だからお願い、目を覚まして!』


 ミユの、未来への強い祈りが、希望の光景となって俺の心を照らし出す。


『イオリィィィ! 聞こえてんだろ!  いい加減起きろって!  また屋上でサボったり、購買のパン争奪戦したり、バカやって笑おうぜ!  お前がいないと、俺の日常、マジで意味ねぇんだよ!  早く帰ってこい、相棒!』


 ユウトの、当たり前の日常への誘いが、俺の心の最も柔らかな部分に響く。

 仲間たちの声が、想いが、祈りが、痛みがその全てが、虚無の淵にいた俺の魂に、奔流となって流れ込んでくる。


 消えかけていた意識の中で、どうしようもなく熱いものが込み上げてくる。

 そうだ、俺はまだ、やり残したことがある。

 守りたい奴らがいる。

 こいつらと、また笑い合いたい日常がある。


(俺はまだ死にたくねぇ!)


 心の底からの、魂からの叫びが、俺の中で爆発する。


「俺は―――――生きたいッ!!!!  みんなと一緒に!!!!  この世界で!!!!」


 その瞬間、奇跡が起きた。


 俺の「生きたい」という強い意志が、仲間たちの全ての想いと完全に共鳴し、融合する。

 クレアの生命の光、エミリアの氷の誓い、アイゼルの異能の絆、リュシアの存在固定式、ミユの未来への祈り、ユウトたちの魂の叫びその全てが触媒となり、俺の中で新たな力を錬成する。


 俺の身体が、眩いほどの白い光に包まれる。

 希薄だった存在が、急速に確かな実体を取り戻していく。

 しかし、それは以前の俺とは明らかに異なっていた。

 身体は淡い光のオーラを纏い、その瞳は、まるで世界の全ての理(ことわり)を見通すかのように、深く、静かに澄んでいる。

 魔法と超能力、そして仲間たちの想いが奇跡的に融合した、新たな存在――コード・エターナル。

 俺は、確かにこの世界に、再び“存在”を取り戻したのだ。


 ◇


 時を同じくして。学園の地下最深部の儀式場から、ついに“それ”が降臨した。

 神々しいとも、禍々しいとも言える、異形の存在。

 それはゼファルだった。

 だが、もはや人間の面影はどこにもない。

 幾何学的な光のパターンが複雑に組み合わさった集合体、あるいは、常に形を変え続ける流動的なエネルギーそのもののような姿へと、完全に変貌を遂げていた。


「フフフ、フハハハハ! 素晴らしい! これが全能感! これが世界の法則を超越した存在! そう、私は、神となったのだ!」


 その声は、もはや声ではなく、空間そのものを震わせる波動となって、絶対的な力と、底なしの傲慢さに満ちて、学園全体に響き渡る。


 ◇


 覚醒した俺と、神となったゼファルが、破壊された学園の中心で対峙する。


「死の淵から蘇るとは、しぶといイレギュラーめ。だが、それも無駄な足掻き」


 神化ゼファルは、もはや指先一つ動かす必要すらない。

 ただ思考するだけで、空間そのものを歪め、因果律を捻じ曲げ、通常ならありえない現象――地面が突然隆起して牙のように襲いかかったり、空から凝縮された絶望のエネルギー弾が降り注いだり――を次々と引き起こし、俺を攻撃してくる。


「神だか何だか知らねぇがな!」


 俺は、その人知を超えた攻撃を、覚醒した力――存在そのものに干渉する能力――で受け止め、相殺しながら叫ぶ。


「お前みたいな、自分勝手で歪んだ奴に! こいつらが生きる未来を、好き勝手にさせるわけにはいかねぇんだよ!」


 俺は仲間たちの想いを力に変え、神へと変貌したゼファルに反撃を開始する。

 人知を超えた、世界の命運を懸けた、最後の戦いの火蓋が、今、切って落とされた。


 ◇


 神化ゼファルの力は、想像を絶するものだった。

 その存在が放つ余波だけで、学園の残骸はさらに破壊され、俺を援護しようとする仲間たちをも危険に晒す。


「イオリだけに任せるな!」「私たちも最後まで戦う!」「援護するぞ!」


 エミリアは絶対零度の氷壁を展開し、仲間たちをゼファルの攻撃の余波から守る。

 クレアは傷ついた仲間たちに駆け寄り、奇跡的な回復魔法でその命を繋ぎ止める。

 リュシアは禁書庫で得た古代魔法を駆使し、ゼファルの力の奔流を少しでも抑制しようと試みる。

 アイゼルは雷光となって戦場を駆け巡り、ゼファルの僅かな隙を突いて牽制攻撃を仕掛ける。

 ミユは未来視でゼファルの次の一手を予測し、「イオリくん、右!」「上から来る!」と必死に警告を発し続ける。

 ユウトたちは、瓦礫の中からでも、声を枯らして俺に声援を送り続ける。


 一人一人の力は、神となったゼファルの前では、あまりにも小さいかもしれない。

 だが、その一つ一つの想いが、祈りが、覚悟が、確かに束となり、俺を支える巨大な力となっていた。

 俺は一人じゃない。

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