第6話

 生徒会の俺に対する扱いは、日を追うごとに陰湿さを増していた。

 どうやら向こうは本気で俺を排除する方向に舵を切ったらしい。


 重苦しい沈黙が支配する生徒会室――と、後でユウトから聞いた話だが――で、会長リュシア=ファルゼンは集まった役員たちに冷徹に言い放ったそうだ。


『先日来の調査の結果、如月イオリは本学院の秩序維持において看過できぬ危険因子と判断した。これより、段階的な排除計画を実行に移す』


 一部の役員からは懸念の声も上がったらしいが、リュシアの鶴の一声と、その隣で常に無表情に控えている副会長ゼファルの無言の圧力が、全ての反論を封じ込めたという。

 排除計画、ねぇ。穏やかじゃないな。


 その手始めか、昼休みの学園内にスピーカーから、突如として「緊急報告」なるものが放送された。


 『魔力ゼロの異端者・如月イオリの周辺で、原因不明の魔力暴走事案が多発。彼の持つ未知の力が、学園の魔力環境に悪影響を及ぼしている可能性が……』


 淡々としたアナウンスの声だが、内容は完全に俺を悪者に仕立て上げようという意図が見え見えだ。


「へー、俺ってそんなにヤバい奴なんだ。知らなかったわー」


 教室でそのインチキ放送を聞いていた俺は、他人事のように呟いた。


 ◇


 そんな騒ぎの後、放課後。

 さっさと寮に帰って寝ようと思っていた俺の前に、廊下で待ち構えていた人物がいた。

 エミリアだ。

 なんだか顔が真っ赤で、指をもじもじさせている。

 いつものツンケンした態度はどこへやら。


「あ、あなたのせいですからね!」


 意を決したように、彼女は叫んだ。


「あなたがいると、私の調子が……その、なんか、おかしくなるのです! だから、責任を取ってください!」


 は? 責任? なんの?


 俺がポカンとしていると、偶然通りかかった他の生徒たちが「今のって告白!?」「あのエミリア様が!?」「相手、魔力ゼロの!?」と色めき立ち、あっという間に人だかりができていく。


「 ち、違う!  今のはナシ!  取り消し! 今すぐ忘れてー!」


 エミリアは自分の発言の意味と周囲の反応に気づき、完全にパニック状態。

 顔をリンゴみたいに真っ赤にして、猛スピードでその場から走り去ってしまった。

 嵐のような奴だ。


 取り残された俺は、ますます深まる「なんで俺が?」という謎と、周囲からの好奇の視線に、ただただ頭を抱えるしかなかった。


 ◇


「イオリくーん!  面白いもの、見つけましたよ!」


 クレアが目をキラキラさせながら駆け寄ってきた。


「魔法研究会っていうサークルがあるんですけど、そこの先輩が、イオリくんの力について何か分かるかもしれないって言ってたんです!  行ってみませんか?」


 魔法研究会?

  怪しい響きしかないが、俺の力の謎に繋がる可能性があるなら、無視はできない。


「まあ、話を聞くだけなら」


 好奇心旺盛なクレアに半ば引きずられるようにして、俺は学園の隅にある、古びた建物の怪しげな部室へと足を踏み入れた。

 室内には、様々な薬品の刺激臭と、何かが焦げたような匂いが充満している。

 奥では、白衣を着た、いかにもマッドサイエンティストといった風貌の先輩が、フラスコを振って奇妙な色の液体を混ぜていた。


「先輩!  この方が、噂のイオリくんです!」


 クレアが元気よく俺を紹介しようとした、その瞬間。

 彼女は床に描かれていた複雑な魔法陣の線に足を滑らせ、盛大にバランスを崩した。


「きゃあっ!」


 短い悲鳴と共に、クレアは綺麗な放物線を描いて――俺の胸に、顔面からダイブしてきた。

 ふわん、と甘いミルクティーの香りと、とんでもなく柔らかい感触が、俺の理性を直撃する。

 おい、これ、事故だぞ。事故なんだからな!


 クレアが「ご、ごめんなさい~!」と涙目で謝りながら離れた後、俺は気を取り直して部室内を見回した。

 雑然とした資料棚の奥に、一際古びて埃をかぶったファイルが埋もれているのを見つける。

 タイトルプレートには掠れた文字で「特殊魔力因子保有者に関する初期研究報告」と書かれている。


(特殊魔力因子?)


 嫌な予感がしつつも、俺はそのファイルを引き抜き、ページをめくる。

 中身は大部分が黒く塗りつぶされていて、読める部分は少ない。

 だが、そこには断片的な実験データ、被験者の特徴を示すいくつかのスケッチ――俺がいた、あの忌まわしい研究施設のものと酷似している――そして、所々にインクが滲んでかろうじて読み取れる文字の断片があった。


『被験体 No.7 ……ミ』

『コードネーム:エン……エル』

『空間干渉能力の兆候……不安定』


 ミ……? まさか……。


 俺は息をのみ、ファイルを強く握りしめる。

 普段の無気力さが嘘のように消え、全身の血が逆流するような感覚。

 俺が探している『あの人』の名前と、俺自身の記憶の断片が、このファイルの中で繋がりかけていた!


 ◇


 その日の放課後。

 下駄箱の中に紙切れが入っていた。

 その紙には、リュシア=ファルゼンの名が記されている。

 それは、生徒会からの正式な呼び出し状ではなく、彼女個人からの簡素なメモだった。


『放課後、旧図書館裏の中庭にて。生徒会長としてではない。話がある』


 なんだ?

 あのプライドの塊みたいな会長が、俺に個人的な話?

 罠か?  それとも……。


 訝しみながらも、俺は指定された場所へと向かった。

 旧図書館の裏手にある、今はほとんど使われていない静かな中庭。

 そこに、リュシアは一人で立っていた。

 いつもの威圧的なオーラはなく、夕陽を浴びて佇むその姿は、どこか儚げで、寂しそうに見えた。


「来てくれたか」


 俺に気づくと、彼女は俯きながら小さく呟いた。


「少しだけ……私の兄の話を、聞いてほしい」


 その声は、普段の彼女からは想像もできないほど、弱々しく震えていた。



 

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