第十三話「帰京」

1月13日(金)0630 旭川空港出発ターミナル

 旭川空港はまだ夜明け間近で、うっすらと明るい程度だ。

 道彦は安全確保のためと言い張り、親切にも車で送ってくれた。

「ねえ、こんなに急いで帰る必要あるの?今日1日もったいないじゃないか」

「もちろん必要に決まってます。軍と話し合い結果もそうですが、昨晩は不測の事態も起きました。私の渡道と無関係とはどうしても思えません。手持ちの情報を早く上司に報告しなくては・・・」

「月曜日に報告では遅すぎますよ」

 昨日の晩のことがあったのにこの男はなんでこんなにあっけらかんとしているの?私のことが心配じゃないのだろうか。

「うーん。そりゃまあそうかね。まったく仕事熱心だなぁ。僕の休みが取れたら東京に会いにいくよ。また話をしてくれるかな」

「わかりました。こちらこそ、お願いいたします」

 恭子は、搭乗口に入っていき、一度だけ、振り返って道彦に静かに手を振って、それからお辞儀して別れた。

   *

1月13日(金)1000 柊邸

 恭子は予定を繰り上げ、1日間早く無事帰京した。

 フライト中、時間はたっぷりあったし、頭の中で報告事項の整理をするのにもあまり苦労はしなかったが、なんだか気分が少したかぶっているのか、疲れているのも確かなのに、少しも眠れなかった。

 飛行機が羽田空港に着陸し、到着ロビーで相談役に電話をした。そして、出張報告のため相談役との直面談を希望したところ、あっさり承諾されたので、柊社には戻らず羽田空港から柊邸に直行したのだった。

   *

「無事、旭川出張から戻りました」

恭子は帰京の挨拶もそこそこに相談役に報告をはじめた。

「初日の12日は、午前中に航空機移動し、旭川にはお昼に到着しました。予想どおり極寒でしたが天候には恵まれ、晴れでした」

「ちょっと待って、あなた食べてないんじゃない?」

「はぁ」

「昼食早めにするから、あなた、私に付き合いなさい」

「ありがとうございます。そういえば、今朝、まったく食べてません」

「道彦は、何してたのかしら、まったく。体を大事にしななさい」と、最後には恭子が叱られてしまったが、なぜかそれはあまり嫌ではなかった。

 佳子は立ち上がって受話器をとり、食事を二人前用意するよう家政婦に指示し、もう一度ソファに腰掛けた。

「ごめんなさい。さあいいわよ」

 恭子は報告を再開する。

「一連の訪問予定は先方におまかせしたので、当初は、どこに連れて行かれるのかすら分かりませんでした」

「到着してみるとそこは、きちんと整えられているものの、質素で寂しい印象の墓地でした。最初は墓地だと確信が持てなかったほどです。何と言葉を付け加えればいいのか、今でもわかりません」

「その墓標の数は総数130、全て非公開。北海道における露西矢非合法工作活動の犠牲者で全て軍人のものだそうです」

 恭子は報告中にも、あの墓標群のもの悲しい情景を思い出した。

「露西矢工作員の活動では化学兵器が使用され、軍はそれに対応して治療薬を開発しようとしており、その過程で我が社が取り扱っている機器が使われている模様です」

「本事項は、相談役限りの情報にしてくれとのことでした」

「常盤ラボに卸したもののことかしら?」

 深く考え込むように相談役は慎重に口を挟んだ。

「おっしゃる通りです」

「・・・クレームの目的が怪しくなってきたわ」

「どういうことでしょう?」

「軍は医薬品開発を急いでいるのよね」

「そのとおりです」

「当然役務を請け負う常盤ラボとしては、並行作業をすすめるために検査機器を出来るだけ複数台、並列確保するはず」

「はい、私もそう思いました」

「けれどね、例のRT分光干渉測定器について言えば、柊社は新規で1個しか常盤ラボに納めていないでしょ」

 やっと恭子にもわかってきた。

「つまり、常盤ラボはあの製品を他社からも購入してる可能性がある、ということなのですね」

「もちろんそれ自体はどうって事ではないわ。でも、もしかしたら、他社の卸した製品の保証まで、我が社にやらせようとしてるんじゃないかしら。もしもそうなら、それは流石にアウトだわ」

「我が社は、卸した製品ごとに、金属製の銘板を貼って、シリアルナンバー管理を徹底しておりますが」

「そうね。でも、その銘板を貼りかえられたらどうかしら」

「確かに、それはそうです。シリアルナンバーが変わっていたら、すぐにはわからないかもしれません。もちろん使われている部品レベルで確認すれば別ですが」

「そうね、危ない橋は渡らないのがあたりまえ、もちろん常盤ラボに限ってとは思ってるわ。あくまで可能性の話よ」

「承知しました。そうですね、この話は役員限りにいたしますか」

「ええ。報告を続けて」

「承知しました。道彦様とお昼をご一緒したあと、司令部にまいりました。そしてそのまま道彦様に、監察官、佐伯正敏様のもとまで案内していただきました」

「会えただけでも、あなたを出張に行かせた甲斐があったわ」

「そこで、我が社はいきさつを調査したのち、常盤ラボに対する方針を決めたいと考えていること、加えて、軍の内部に影響を与えるつもりはない旨をお伝えしました。本事項も相談役限りの情報となります」

「私の独断でしたがよろしかったでしょうか?秘書として、出過ぎた発言だったかもしれないため、撤回する余地は確保しております」

 恭子は一気に喋り通した。

「問題ありません。むしろよかったわ。流石に、我が社に、軍を敵に回すほどの理由はないもの」

「ありがとうございます」

「ところでさ。さっき、監察官の名前は佐伯って言ってたでしょう」

「やはりご存じで・・・」

「くえないやつだったでしょ。まったく」

「私との会話でですか?喧嘩になりそうだった他には、特に何もありませんでしたが」

「喧嘩になりそうなっただけで十分よ。一体何を言われたの?」

「たいしたことじゃありません。きみ、秘書の立場で、と会話の中で一言挟まれただけですし、ほんの一瞬、私が曲げなくてもいいヘソを曲げただけの事です」

「ほんとうにえらそうなやつね」

「まあ、侵しがたい威厳をお持ちの方だとは思います」

「どうしたの?ずいぶんもちあげるじゃないの」

「まあそうですね。道彦様を通じて、本人限定とはいえ私が自分の能力のことを誰かに教えるのはめずらしいことではあります」

「えっ、そうなの。とても意外だわ。どういう心境の変化なの?」

「一言で言うなら、挨拶がわりの名刺です。結局のところ、あの方は、伊藤恭子は能力者であるという自分の推論を、確かめたかったから、私を煽ったのではないでしょうか?そして煽られて、ヘソを曲げるぐらいなのだから私の負けです」

「あら、まあ」

「その後、司令部をあとにし、就実の丘という、なにもない丘陵地にて、道彦様と情報の共有と意見のすり合わせをしました。報告事項は特にありません」

「開けた屋外ほど保全に適した場所はないわ。道彦が選んだの?」

「いえ、私の少女期の思い出の場所で、本当に地味で何もないところです。景色はいいですが」

「それで、二人っきりだったのに何もないなんて、道彦もヘタレね」

「なんのことをおっしゃっているのでしょうか?」

「べつに。私だってちょっとぐらい妄想してもいいじゃない・・・。それから?」

「昨日は以上で日程を終え、市内のホテルにて一泊したのですが、深夜、日付が変わる頃、空間転移と思しき能力を持つ年齢25、6、身長は150cm半ぐらいの女性が私の部屋に侵入し、30秒後、消失しました」

「ちょっとだけ待ってちょうだい・・・。あなたに説明しなくてはいけないわ。それは間違いなく私の娘よ」恭子の報告を遮るように、相談役は言った。

「えっ!」

「私の末っ子よ。柊聡子(さとこ)といいます」

「そうでしたか・・・」

 恭子の頭の中で、驚きと共に一つの疑問が解けた。

 だから勘違いしたのだ。

「実は、年末休暇をいただいて、実家の石巻に帰省している時に、夢の中でお嬢様と出会っておりまして、正確にはそれが初対面と言えばいいのでしょうか」

「そうだったの」

 相談役はつぶやいた。

「なぜ、夢で出会ったのか、それは私にもわかりません」

「何かの縁なのかもしれないわ」

「初めての経験でした」

「安藤総検社、営業部、第一営業課長代理、それが聡子の肩書きよ。悔しいけれど、あそこはうちより手広くやっているわね」

「お嬢様が商売敵に勤めていらっしゃる理由は、込み入っているようなのでお聞きしません」

「簡単よ。ただの親子喧嘩。今では半ば親子の縁は切ってるようなものよ」

「そこまではっきりしているようでしたら、徹底的にやることをお勧めいたします」

「私も関係しておりますし、機会があれば思い切りやってもよろしいでしょか?」

「あなた本当に面白い人ねぇ・・・」

「いいでしょう。ただし、我が社に利がある範囲にしてね」

「承知しました」

 実のところ、恭子は昨晩の聡子の空間転移能力による出現に、震え上がっていた自分に対して、少し悔しさを感じていて、八つ当たりで相手に何かやり返したかっただけなのだったが・・・。

「ところで、さっきの製品保証と銘板の件、もし安藤総検が噛んでるとすると、あり得る話だわ・・・」

「どういうことでしょうか?」

「売上目当てで、自分の顧客に、ちょっとよろしくない話を吹き込むことぐらい、あそこならやりそうだもの」

「私は営業ではないのであまり知りませんでしたが、そういう会社なのですね」

「気のせいかもしれないけれど、聡子が就職してから、特にひどくなったわ」

「ご自身のお嬢様を悪く言うのはいかがかと思います」

「お嬢様ってがらじゃないわよ。早くやめて帰ってくるか、結婚して家庭に入ってくれないかしら」

 しばらくは柊家の内輪話が続きそうでもあり、恭子は締めくくることにした。

「報告事項は以上です」

「最後になりますが、出張に行かせていただき有難うございました。なんだか大袈裟ですが、人生の分岐点になったような気がします」

 恭子は心からお礼を言った。

「仕事を振ったのは私のほうなのにね。まあ、それならよかったわ。ところで至急、臨時役員会議を召集するようお願いします。時間は、そうね、1500でいいかしら」

「承知しました」と言いながら、やはりマイペースなお方だと、恭子は舌を巻いていた。

 恭子は、その後、ありがたく早めの昼食をいただいてお暇した。

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