第10話 競作

 タロイ工房では、「馬鹿野郎!」という怒鳴り声が響いていた。それはこの工房の主、タロイが発したものだった。


「お前ら! あれほど喧嘩をするんじゃないと言ったじゃないか! 町の者が迷惑しているんだ!」

「タロイ旦那。向こうから仕掛けてきたんです。売られた喧嘩を買ったまでです」


 アニーが頭を掻きながら言った。彼をはじめ職人たちは大なり小なり怪我をしていた。そんな体たらくで戻ってきたこともタロイは腹立たしかった。


「それにしてもそんなに怪我しやがって。ジロイ工房の奴らにやられたのか?」

「いえ、旅のじじいの仲間が・・・奴らが滅法、強くて・・・でもジロイの奴らも同じようにやられたんですよ。コテンパにやられていましたよ」


 アニーはそう言ったが、タロイの機嫌が直るわけもなかった。だが怒ってばかりもいられなかった。新しいチョコレートを、ジロイのものより素晴らしいものを作る必要があった。


「お前たちも職人だったら、喧嘩でなくこのチョコレートの競作でジロイの奴らに勝て! これが本当の勝ちというやつだ! わかったな!」

「へい!」


 職人たちは一斉に声を上げた。


 ◇


 ジロイ工房でも怪我をした職人たちが帰ってきていた。ジロイは一目見て喧嘩をしたと思った。


「お前ら! タロイの奴らとまたひと悶着起こしてきたな!」

「喧嘩をするにはしましたが、やられたのは別の奴らに・・・」

「一体、どこのどいつだ?」

「それが旅のじじいの一行で。滅法強いのが2人出てきまして・・・」


 オットーは痛めた左腕をさすりながら言った。


「まあいい。それより喧嘩は止めろ。町の人たちが迷惑する。タロイ工房の奴らが挑発してきても乗るな!」


「へい。それは必ず」


 オットーは頭を掻きながらそう言った。他の職人たちも面目ないというように頭を下げていた。ジロイは職人たちを見渡して言った。


「お前ら! タロイ工房と新しいチョコレートをかけて戦うんだ。喧嘩する暇があったら素晴らしいチョコレートを作ることを考えろ! いいな!」

「へい!」


 職人たちは大きな声を上げた。


 ◇


 王宮ではデーマ王の前にスマト大臣が恭しく進み出た。先日、命じられた新しいチョコレートに関する競作の件の報告だった。


「王様。チョコレートの試作を各工房に命じてまいりました」

「おお、そうか。それで様子はどうであったか?」

「あまり芳しくないようで・・・。しかしタロイとジロイが意気込んでおりました。両者に試作を命じましたが・・・」


 スマト大臣が言った。デーマ王はうなずいたものの、そこにチョコレート作りの名人の名が出て来なかったことが気になった。


「うむ、そうか。タロイとジロイか。その親のリーマーはどうじゃ。チョコレート作りではこの国で並ぶ者がないと聞いているが」

「それが病とのことで。しかしタロイかジロイのどちらかがリーマーに成り代わって素晴らしいものを作ってくるでありましょう」

「そうであればよいが・・・」


 デーマ王は顎を触りながらつぶやいた。


 ◇


 コーディーは一日中、リーマーに付き添っていた。食事の世話から下の世話まで・・・きっとよくなると信じていた。


「ご飯おいしかった?」

「パパ。散歩に行きましょうか?」

「パパ。覚えている? あの時・・・」


 話しかけてみたがリーマーは「ぼうっ」としたままだった。そんな姿を見るたびにコーディーは悲しくなった。

 それにタロイ兄さんもジロイ兄さんもここにいない。兄がいれば少しでも心の支えになったのだが・・・。


(すべて私のせいだわ! 私がこの家の幸せを壊してしまった。家族をバラバラにしてしまった・・・)


 コーディーは部屋の隅で涙を流すようになっていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る