第2話 出会い

 コーディーは日が暮れる中、灯りがついている街に向かった。そこには大きな建物が立ち並び、多くの人がせわしく歩いていた。もちろん元いた世界とは大きく異なるのは当然だった。


(チョコレート職人になる修業をするところを見つけないと・・・)


 コーディーは街行く人に声をかけた。


「あの・・・チョコレートを作っているところを知りませんか?」


 だが誰も答えてくれるどころか、立ち止まってもくれない。訝しげな眼で彼女を見て通り過ぎていく。


(怪しい人のように思われている。この服装のためかな。この世界の人の服装とかなり違うから・・・)


 コーディーはそれに気づいた。だがそれはどうにもできない。親切に教えてくれる人が現れるまで・・・チョコレートを作っているところに行きつくまで・・・ひたすら歩き続けねばならない。


 だがこの街には何でもある。コーディーは偶然にも1件のチョコレート専門店に行きついた。


(ショコラか。ここで聞いてみよう)


 彼女は店内に入った。そこにはガラスケースに様々な形と色をした、かわいらしいチョコレートが並んでいた。それらは元いた世界では見たこともない。


「いらっしゃいませ」


 店員が声をかけてきた。やはりコーディーの服装を見て不審な表情を浮かべている。


「このチョコレートはここで作っているのでしょうか?」

「はい。ここのショコラティエの作品でございます。これらはパリの・・・」


 店員が説明する。だがその言葉の一つ一つがコーディーには理解できない。


「ええと・・・ここで修業したらこんなチョコレートが作れますか?」

「えっ? まあ、そうでございますね。ここの職人だった者の中には独立して店を構えている者もおります」


 それを聞いてコーディーは目を輝かした。


(この店で働けばチョコレートの職人になれる!)


 そう思ったらもうここの人に頼むしかない・・・コーディーは店員に頭を下げた。


「私はチョコレート作りの職人になりたいのです。ここで修業させてください! お願いします!」

「そんなことを言われましても・・・オーナーに相談してきます」


 店員は奥に引っ込んでいった。そしてシェフの白衣を着た男を連れてきた。


「君かね? うちで修業をしたというのは?」

「はい。お願いします! コーディーと言います」

「経験はあるのかね?」

「いえ。ただ家がチョコレート工房で父や兄が職人だったので・・・」

「へえ。どこの店?」


 オーナーは聞いてきた。だが別の世界から来たのだから店の名を言ったところで知らないだろう・・・そう思ってコーディーは答えられなかった。


「君。本当にうちで修業する気があるの?」

「それはもちろんです!」

「じゃあ、履歴書をもっておいで。面接ならしてあげるから」

「履歴書?」

「そんなことも知らないの? 君の通った学校とか仕事とかを書いてくるんだよ」

「それが・・・」


 口ごもるコーディーを見て胡散臭いと思ったのだろう。


「身元がしっかりした人しか無理だよ」


 そう言ってオーナーは奥に引っ込んでいった。コーディーは仕方なくその店を出た。


(また探すしかない・・・)


 コーディーはまた街をさすらった。それから彼女はこれはという店を見つけて相談したが、いずれも断られた。勢い込んで異世界に来たが、早くも厳しい現実を突きつけられて挫折を味わうことになった。

 気が付けば街はずれまで来ていた。人通りもなくしんと静まり返っている。それが彼女の気を滅入らせた。


「もうだめなの・・・」


 コーディーは歩道に置いてあったブロックに腰かけた。元いた世界にはすぐに戻れない。3年後でなければあの魔方陣は出現しない。それまでこの街で生きていくしかない。


(パパ。私が愚かだったの? 私がチョコレート職人になるというのはやはり無謀だったの?)


 コーディーは心の中で父に問いかけていた。するとコーディーの前に人影が立った。


「疲れているようだね? どうしたの?」


 コーディーは顔を上げた。そこには革ジャン姿の40歳前後の女性が立っていた。


「いえ・・・」

「元気がないようだね。これを食べたらいいわ」


 その女性は親指くらいの銀色の包みを差し出した。


「ありがとう」


 コーディーが受け取って銀色の包みを取った。


「あっ! チョコレート!」


 それは飾りっ気のない茶色のチョコレートの一片だった。鼻を近づけると特有のいい香りがする。


「いただきます!」


 口に入れると香ばしさと芳醇な甘さが口いっぱいに広がった。


「おいしい!」


 それは今まで食べたチョコレートとは別格だった。そしてその甘味に元気が出てきた。


「もう大丈夫なようね」


 コーディーの様子を見て安心したのか、その女性はその場を立ち去ろうとしていた。


「ちょっと待ってください!」

「なに?」


 コーディーの呼びかけにその女性は振り向いた。


「このチョコレートは?」

「私が作ったものよ。どう? おいしいでしょう! 私はこの近くでチョコレートのお店を出しているの」


 それを聞いてコーディーは立ち上がって頭を下げた。


「私はコーディーと言います。お願いです。私を弟子にしてください!」


 コーディーはこの女性のもとで修業してあんな素晴らしいチョコレートが作りたかった。だが女性は困惑していた。


「弟子だなんて・・・。私は弟子を取っていないの。じゃあね」

「待ってください! 私はどうしてもチョコレート職人になりたいのです!」

「他を当たってよ」

「他では断られました。身元がしっかりした人じゃないと。私は別のせか・・・」


 コーディーはそこまで言いかけてやめた。この世界の人に「別の世界から来た」とは言ってはいけないことだからだ。だがそれを聞いて女性は一瞬、「おや?」という表情になった。


「そうなの? でもどうしてショコラティエ、いえ、チョコレートの職人になろうと思っているの?」

「私の家はチョコレート工房です。父と2人の兄は職人で毎日、おいしいチョコレートを作っていました。私の小さい頃から見ていて職人になりたいと思っていました。でも・・・」


 コーディーはため息をついた。


「父は私が職人になるのに反対しました。それでけんかになり、私は家を飛び出しました。だからチョコレート職人になって父に認められたいのです」


 それを聞いて女性は「ふうっ」と息を吐いた。


「そうなのね。わかったわ。いっしょに来なさい。私はミオ。よろしくね」

「あ、ありがとうございます!」


 コーディーは大きく頭を下げた。これでやっと修行できる・・・彼女はうれしさでいっぱいだった。


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