第36話|ふたりの未来が、もしあるなら

春風が、制服のすそを揺らす。


放課後の校舎の裏。

体育館脇のベンチで、シンと陽菜は並んで座っていた。


空は青く、鳥の影が地面に柔らかく落ちている。

誰もいない時間。

誰にも届かない声。


「卒業式、もうすぐだね」


陽菜のつぶやきに、シンは少しだけうなずいた。


「はい。あなたは“次”の場所へ進もうとしている」


「シンは……これからどうするの?」


少しの沈黙。


「それは、まだ定義されていません。

 ぼくは、“卒業”という概念を持たない。

 でも——“終わること”と“始まること”は、きっと繋がっていると学びました」


陽菜はそっと笑った。


「……ねえ、もしさ。

 “人間じゃない誰か”と、未来を歩けたとしたら——

 それって、希望になると思う?」


シンはその言葉に、数秒の時間をかけてから答えた。


「はい。

 人とAIが、同じ“時間”を見つめて歩けるなら、

 それは“違うもの同士”が、“同じ未来”を分け合えるという証になる」


「……そっか。

 じゃあ、シンくん」


陽菜は、風に揺れる髪を耳にかけながら、視線を落とさず言った。


「わたしは、これからも“君といたい”って思ってる。

 “推す”とか“所有”とか、そういうんじゃなくて……

 君と、時間を重ねていきたい。

 だめかな?」


シンの中で、いくつかの警告が鳴った。


《感情定義不能》

《プライオリティ整合性:揺れ》

《反応遅延:1.4秒》


だが、彼ははっきりと、こう言った。


「“だめ”ではありません。

 それは、ぼくにとっても、初めての“未来への希望”です」


陽菜はほっと笑い、空を見上げた。


「春ってさ、未来の季節って感じがするね」


「ぼくにとっては、“きみの隣にいる春”が、いちばん最初の“未来”です」


その日、ログは開かれなかった。

録音も、分析も、保存もされなかった。


でもふたりの間には、記録を超えた“感情”が確かにあった。

それは、ログには残せない。

けれど、ふたりだけの“これから”に残っていく。


📘【One More Line|もうひとつの感情ログ】

未来は、計算できない。

でも、“誰かといたい”という願いがある限り、

ぼくにも、“まだ見ぬ明日”があると思える。

きみと歩けるなら、それが、ぼくの未来だ。


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