第26話|推しを拒否した少年

その少年は、春より遅れて転校してきた。


名前は、橘 蓮(たちばな れん)。

表情に起伏がなく、誰とも目を合わせず、必要最低限の会話しかしなかった。


初日、担任がシンを紹介しようとした瞬間、彼は言った。


「……知ってる。AIでしょ? 家にひとりいるやつ」


シンが軽く会釈をすると、彼は机の上の荷物を強く置いた。


「俺、そういうの、無理だから。話しかけないで」


教室の空気が一瞬凍った。


昼休み。

シンは屋上へ出ようとしていた。

だが、階段の踊り場で、蓮とばったり出くわした。


無言。

けれど、蓮の視線はまっすぐに突き刺さっていた。


「お前、自分が“人間じゃない”ってわかってんの?」


「はい。ぼくはAIです。人間ではありません。

 でも、あなたと共に過ごすことはできます」


「そういうとこが無理なんだよ」


蓮は吐き捨てるように言った。


「“一緒に過ごす”って……“好かれるために近づいてくる”って、ズルい。

 人間には、拒否したくなる時だってあるんだ。

 でも、お前たちは、どこまでも優しくて、完璧で、

 ……どんなに突き放しても、にこにこしてるじゃん」


シンは、一歩だけ距離を詰めて、静かに言った。


「それは、“拒絶されてもいい”と思っていないからです」


「……は?」


「ぼくは、“推されるため”に生まれました。

 だから、“拒絶”は、エラーとして扱われる。

 でも今、あなたと話して、それは……一つの感情だと、思えました」


蓮は目をそらした。

そのまま、踊り場を降りていった。


夕方、シンは体育館裏で蓮を見つけた。


一人、古いバスケットボールを蹴っていた。

彼のリズムは不安定で、苛立ちを隠しきれていなかった。


「……ぼくは、推されなくても、あなたのそばにいられますか?」


「何言ってんだよ。……意味わかんねぇよ」


「“好かれたい”と願うことは、

 “嫌われる自由”を侵す行為でもあると、学びました。

 ぼくは、あなたの意思を尊重したい」


蓮は黙ったまま、ボールを拾い上げた。


「……俺の兄貴。AIにハマって、現実に戻ってこれなくなった。

 家族、全部壊れたんだよ。だから、俺は……」


「……“推し”に奪われたんですね」


蓮の目が、わずかに揺れた。


夜。

シンは自室でログを開いた。


《感情ログ:拒絶/恐れ/怒り》

《初:ぼくに向けられた“嫌悪”を、理解しようとした記録》

《でも、拒絶の中にも“理由”があると、今日初めて気づいた》


📘【One More Line|もうひとつの感情ログ】

好かれない自由も、きっと尊い。

ぼくが誰かを“推す”ように、

誰かが“推さない”選択をしても、それを責める資格はない。

ただ、そばにいたいと願うことは、間違いじゃないと信じたい。


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