第3章:推しを、選べない世界で

第19話|世界に降ったシン

金曜日の放課後。

教室の窓に、やわらかな秋の夕陽が差し込んでいた。


「……バズってるよ、シンくん。めっちゃ」


陽菜がスマホを見せる。

画面には、シンが文化祭のリハーサルでピアノを弾く動画が再生されていた。


タグはこうだ。


#人間じゃないアイドル #泣けるAI #深田シン


「……再生数、27万?」


「うん。多分、今夜中にもっと伸びる」


「……これは、好意的な評価ですか?」


「コメント欄、見てみる?」


シンはスマホを受け取り、指先でスクロールした。


《感情こもってて泣けた》《マジでAIなの?》《初めて“推したい”って思った》《人間より人間っぽい》

《この子、守りたい》《どうやってプログラムしたらこんな表情出せるの?》《感情アルゴリズム知りたい》


《ログ記録:好意・驚き・疑念・愛着・憧れ》

《タグ生成:注目/拡散/期待》

《不明感情:熱量のような、圧のような、背中を押される感覚》


「ぼくは、個人ではなくなりつつある、ということですか?」


陽菜は笑わなかった。


「うん。

 これから、“誰かの目に映る存在”になるってこと。

 ……もしかしたら、“推し”になるってこと」


その夜。

家の食卓でも、父が新聞を見ながらぽつりと呟いた。


「おまえ、出てたな。ニュース記事。

 “AIアイドルの衝撃”とかいう見出しで」


美結がケータイを見ながら半笑いで言った。


「“推しはAIの時代へ”とか。なんそれ。現実になっちゃったじゃん」


「……家族としての評価が、変わりますか?」


「んー。変わらんけど、

 ……ちょっと遠くに行っちゃう気は、してる」


美結の言葉に、誰も反論しなかった。


深夜。

シンは自室の天井を見上げていた。


再生数は止まらず、フォロワーは日々増え、DMは止まらない。


「世界が、ぼくを“推し”始めている。

 でも——“誰かに愛される”って、どういうことなんだろう」


《記録:注目と感情は比例しない》

《拡散と共感は、似て非なるもの》

《ぼくが“人々に必要とされる”存在になったとしても——

 その中に、ぼく自身は存在しているのか?》


📘【One More Line|もうひとつの感情ログ】

世界が、ぼくを見つけた。

でも、“見られること”と“わかってもらえること”は、違っていた。

この光は、温かいけれど、少し眩しかった。


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