3-6 お祭りに参加できない
知らない言葉が出てきたので、俺はホルトさんに質問した。
「冬送りって何ですか?」
「オルロンの街で古くから行われてきた儀式です。雪でウルルウ様の像を作って、冬が早く終わることを祈願するんです」
創造神のウルルウが、生き物の成長のために時間や季節の概念を作った。しかし、破壊神の仕業によって、冬が厳寒になったり、夏が猛暑になったり、季節が生き物を苦しめる事態が起こるようになった。
そのため、ウルルウの作った春が、厳寒を終わらせてくれることを祈る風習が生まれたのだという。
「ただ現代では、各々自由に雪像を作って、どれが一番か決めるコンテストも開かれたりしていて、イベント事としての側面もあります」
ホルトさんは最初、「冬送りのお祭り」と言っていた。あれは宗教色が薄まってきているからだったんだろう。
「今年はニニも出場するよ!」
「そうなんだ」
「賞金出るから!」
「そ、そうなんだ……」
大魔王のせいで街の寒冷化が進んで、農家であるニニちゃんの家は困っているという話だった。賞金目当てというのは世知辛いけれど、祭りを楽しみにしているらしいのが、せめてもの救いだろうか。
「何を作るの?」
「まだ考えちゅー」
「『パパとママが作ってる野菜』とかやると、審査員受けすると思いますよ」
「子供に邪悪なことを吹き込むな」
メイナのアドバイスに、俺は顔をしかめる。「変なことを言わないように黙っている」っていう、こいつの最初の方針のほうがやっぱり正しかったかもしれない。
「よろしければ、お二人も参加されますか?」
「いいんですか?」
「参加資格は特にないですから」
ホルトさんとしては、俺たちにも出場してもらいたいようだった。
参加者が増えて、伝統の祭りが盛り上がってほしい。寒冷化のせいで街の雰囲気が暗くなっているので今回は尚更。そんな風に考えているとのことである。
「討伐もいいけど、祭りもいいなぁ。魔王に特に動きはないみたいだし」
冬送りの祭りは、年に一度しか開催されないという。この機会を逃したら、来年まで待たなくてはいけない。
対して、討伐クエストは年中いつも依頼があるようだった。また、ウルルウによれば魔王侵攻の予兆はないそうだから、急いで強くなる必要はなかった。
「でも、雪像なんて作ったことあるんですか? 私はないですよ」
「俺も初めてだな」
せいぜい雪だるまくらいしか経験がなかった。それも手で持てるような、小さなサイズのものばかりだった。
「とりあえず、会場に行ってみましょうか」
「他の人のを参考にするんだな」
「いえ、優勝候補の像をぶっ壊すんです」
「創造神の祭りって言ってんだろ」
メイナの思考って、どう考えても破壊神サイドだよな。
◇◇◇
冬送りの話を聞いた翌日、俺たち二人は会場へと向かった。
住人にとってそれだけ重要な儀式ということなんだろう。会場には、街の中心部にある広場が使われるようだった。
「どうやら最初に大きな雪の塊を作って、それを少しずつ削っていくのが基本みたいですね」
「雪だるまとは全然違うんだな」
メイナも俺も雪像作りは初体験である。そのため、まずは他の参加者たちの制作風景を見物していた。
その結果分かったのは、雪像というのは粘土を付け足しながら作る
また、雪像のモチーフには、生き物が選ばれがちなようだった。冬の終わりを祈願する祭りだからか、蝶や熊、カエルなど、春を思わせるものが特に多く見られた。
以前ニニちゃんがスライムの雪だるまを作っていたけれど、モンスターの雪像もちらほら見つかった。これにはモンスターの鎮静化を祈るという意味合いがあるのだそうだ。もっとも、単にマスコットとして作られている面もあるみたいだが。
「それにしても、どれもクオリティ高いな」
「ずっと続いているお祭りみたいですからね。参加者も鍛えられているのでしょう」
「初心者にはきついかなぁ」
また、質だけでなく、数も想像以上だった。開催日はまだ先なのに、すでにたくさんの雪像が建てられていたのだ。当日には、広場が埋め尽くされるんじゃないだろうか。
これでは、俺たち素人が入賞するのはかなり難しそうである。記念に参加するくらいの気持ちでいた方がいいかもしれない。
そんな風に、祭りの相談をしながら、二人で会場をぶらぶらしている時のことだった。俺たちはひときわ大きな雪像に出くわした。
「これが神の像か……」
一目見た瞬間に、思わずそう声を漏らしていた。
儀式自体はだいぶ大衆化が進んでいるみたいだが、それでも神に対する敬意は失われていなかったらしい。冬送りの主役だというウルルウの巨大雪像は、住人総出になって、足場を組み立てて、力を入れて作られたもののようだった。
「俺の知ってる神とは全然違うな」
雪像は、髪は長く、体つきは豊かで、表情は慈愛に満ちていた。似ていないというか、正反対の要素しかない。
「え、すごく神っぽいと思いますけど」
「だから違うんだよ。本物は男か女か分からんというか、子供みたいというか」
「へー、そうなんですね」
「寿司もサーモンばっか食べるしな」
「中身まで子供なんですか?」
神の実在が明らかになっている世界だけに、メイナみたいなやつでも信仰心を持ち合わせているんだろう。珍しく驚いた様子を見せていた。
「神だから姿を変えられるってことか?」
「もしくは正しい姿が伝わっていないのかもしれません。神託を受けたことのある人は稀ですから」
「じゃあ、本物の神の像を作ったらうけるんじゃないか?」
「そもそも信じてもらえないのではないでしょうか」
個人でウルルウの像を作った人もいたらしい。サイズこそ小さいが、数はそこそこ見つかった。ただし、やはりどれも神っぽい見た目をしていた。メイナの言う通り、本物を作っても偽物扱いされるのがオチかもしれない。
ベタに生き物にしようかとか、目立つために別のものにしないかとか、俺たちは話し合いながら見物を続ける。その際に、再び巨大な雪像に出くわした。
ただし、モチーフは神ではなかった。今度のは城だった。
「これもすごいなぁ」
「大きいのにつくりが細かいですね」
「石の壁みたいな溝も全部掘ってるんだよな?」
「どれだけ手間がかかったんでしょうね」
雪の城は、人の手で作られたとは思えないほど巨大かつ緻密で、そのうえ荘厳な外観をしていた。あまりの出来栄えに、俺たちはすっかり見とれてしまった。
しばらくの間、「まずこれだけ雪を集めるのが大変だよな」「雪を運ぶのは重労働でしたよね」と口々に感想を言い合う。
すると、城の扉が開いたのだった。
「ちょっと静かにしてもらっていいですか?」
「あ、すみません」
まさか中に人がいるとは思わなかった。俺は慌てて頭を下げる。
勝手に頑固職人っぽいおじさんが制作者だと想像していた。けれど、城から出てきたのは若い女の人だった。
もっとも、気難しそうという意味では正解だったかもしれない。冷たい切れ長の目に、気だるげなオーバーサイズのコートと、きつい美人という感じである。俺がすぐに謝ったのには、そういう理由もあった。
「この人がはしゃいじゃって」
「お前もだろうが」
なに
いや、今はメイナにキレてる場合じゃなかったな。制作者の人に、俺はもう一度頭を下げることにする。
「どうもすみません。出来がよかったのでつい」
「まぁ、こういうのは得意なので」
雪像を褒められた制作者は、あっさり態度を軟化させていた。よかった、怖いのは顔だけっぽいぞ。
「見た目もすごいですけど、中に入れるようになってたんですね」
「城だから、そこは当然かなって」
「こだわってるんですねー」
これ以上怒られたくないから、制作者を褒め殺しにするつもりだった。けれど、彼女の腕前に感心していたのも確かで、半分以上は本心をしゃべっていた。
メイナも似たようなものだった。
「でも、寒くないんですか?」
「暖房を入れてあるから。それに風が入ってこないだけでもかなり違うんで」
「ああ、かまくらもそうらしいですね」
もはや褒め殺しでも何でもない。ただの世間話を始めていたのだ。
ともあれ、なんとか穏便に事が済みそうで、俺は密かに胸をなで下ろす――というわけにはいかなかった。
「う、うわあああああ」
近くを通りがかった参加者が悲鳴を上げる。
それどころか、城の制作者から一目散に逃げ出していた。
「魔王だああああああああああ」
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