異世界に来たけれど~俺の異世界生活がなんか思ってたのと違う~

蟹場たらば

第一章 異世界に来たけれど伝説の剣が抜けない

1-1 転移先が安全じゃない

 気がついた時には、俺は白い空間に立っていた。


 上下左右、見渡すかぎり、どこまでも色味のない景色が広がっている。ひたすらに真っ白な場所だった。


 この白い空間では、白くない俺の方がむしろ浮いてしまっているようだった。黒髪黒目に、黒い学ランという格好のせいで、余計に異物感があった。


 そうだ、学ランだ。俺は今から高校に行くところだったはずだ。


 一体、ここはどこなんだろうか? いや、そもそも俺は何でこんなところにいるんだろうか?


「やあやあ、十六原いざはら四平よんぺいくん」


 まるで瞬間移動でもしたみたいだった。


 その人物は、突如として俺の前に姿を現した。


「ボクの名前はウルルウ。キミたちの概念でいえば、神が一番近いかな」


 俺よりも少し下、中学生くらいの年齢としに見えるだろうか。中性的なショートパンツ姿に加えて、美少年っぽくも美少女っぽくもある顔立ちをしている。


 また、その顔には人なつっこそうな笑みが浮かんでいた。神よりも、天使と言われた方がまだ信じられそうである。


 ただ異様な空間や異様な登場のせいで、彼(彼女?)の言葉を疑う気にはならなかった。


「神様が俺に何のご用でしょうか?」


「死んでしまったキミに、少しばかり話しておきたいことがあってね」


 神様だけあってか、ずっと日本語で――俺にも分かる言語で話してくれていた。にもかかわらず、今回は何と言ったのか、しばらく理解できなかった。


「死んだ? 死んだってどういうことですか?」


「覚えてないのかい?」


 思い出そうとしてみたが、どうしても上手くいかない。やはり家を出たところまでしか記憶がなかった。


「月曜の朝、高校へと続く通学路では、一人の生徒が横断歩道を渡ろうとしていた。しかし、寝不足のせいか、その子は信号がすでに赤に変わったことに気づいていないようだった。さらに間の悪いことに、そこにトラックが迫ってきて……」


「同じ学校の生徒を助けようとして、代わりに俺が死んだってことですか」


 改めて周りを見回してみたが、相変わらず白い空間が広がっているだけだった。この死後の世界?には、俺と神様以外には誰もいないようだ。


「それで、そいつは助かったんですか?」


 十七年という時間は、十分生きたと言うには短すぎるだろう。実際、俺にはやり残したことがたくさんあった。


 けれど、他人の命を救った結果の十七年なら、それほど悪くない人生だったと言えるんじゃないだろうか。


 そんな俺の質問に、しかし神様は首を振っていた。それじゃあ、俺は誰も助けられずに――


「いや、その信号無視した子っていうのがキミのことなんだけど」


「人助けどころか、人様に迷惑かけただけじゃねえか!」


 事故を起こしたら、確か免許が停止になったり取り消しになったりするはずである。トラックの運転手にとっては死活問題だろう。


 なんなら、人が死んでるから、過失運転致死とかで捕まることだってありえる。どんだけ迷惑かけるんだ、俺。


「幸いにも、運転手さんが罪に問われることはなかったけどね。原因は全部キミにあるってことで」


「ふ、複雑……」


 それって要するに、俺がバカな死に方をしたって、みんなが認めたってことだろ? この年で死ぬんなら、せめて周りから同情してもらえるような死に方をしたかったんだが。


「さっき寝不足のせいって言ってましたけど、それはどうしてなんですか? 勉強のし過ぎとか?」


「そりゃあ、月曜の朝だったからだよ」


 どうしよう。ものすごく嫌な予感がしてきたぞ。


「キミは学校に行きたくなかった。ただでさえコミュ力が低いのに、唯一話題にできそうな趣味を隠していたせいで、クラスに一人も友達がいなかったから。

 かといって、そのことを親に相談することもできなかった。最近はもう家族ともろくに話さなくなっていたから。

 だから、〝寝るまではまだ日曜だから〟とかワケ分かんないこと言って、もう夜遅いのにアニメを見始めて。それで結局、一晩中起きてたんだ」


「完全に自業自得かよ!」


 大会が近いせいで練習しすぎたとか、家が貧乏なせいで働きすぎたとか、何か格好のつく事情があってほしかったなぁ。まぁ、帰宅部だったし、バイトもしてなかったから、そんなことありえないんだけど、それにしてもアニメの見過ぎが死因っていうのは……


 案の定、神様にも同情してもらえなかった。


「アニメの方が面白いのは分かるけど、少しは現実も見ないとダメだよ」


「今更そんなこと言われましても……」


「生きてる時にも結構な人が言ってたと思うけど」


「それはそう」


 なんならアニメキャラすら、たまにそんな感じのこと言ってくるからな。こっちは一時いっときでいいからリアルを忘れたくて見てるっていうのに。


「それに、今更ってわけでもないんだよ」


「え?」


 もう死んだあとなのである。今更も今更だろう。


「事故から救い出すなんて派手なものじゃないだけで、キミは日頃からこつこつ善行を積んでいただろう?」


「いや、そんなことは」


「SNSに〝このゲームの欠点は面白すぎてやめ時がないこと〟って投稿したり、匿名掲示板に〝あの漫画を打ち切った出版社を許すな〟って書き込んだり」


「オタ活って善行だったんだ」


 それなら大体のオタクが積んでるのでは……?


 なんかこの神様って、神のわりにはノリが軽いんだよなぁ。挨拶も適当だったし、死因もまぎらわしい言い方してたし。もう「神様」じゃなくて、「ウルルウ」って呼び捨てにしてやろうか。


「他にも、かれた自分のことより、轢いた運転手さんのことを気にしたりとかね」


 ……とか思ってたら、急に神っぽいこと言いだしたな。細かいところまで、ちゃんと見てるというか。


「そういうわけで、キミはダメ人間だけど悪人ではないみたいだからさ。やり直すチャンスをあげようかと思って」


 ダメ人間ではあるのかよ。そんなことも言いたかったけれど、それ以上に言いたいことがあった。


「もしかして、生き返らせてくれるってことか!?」


 確かに、どこにいたって俺はいつも浮いてばかりだった。学校や家庭に未練があるかと聞かれれば、正直微妙なところである。


 でも、趣味については別だった。気になったまま手つかずになっているアニメやゲーム、漫画、ラノベが山ほど残っている。生き返らせてもらえるなら、断る理由は特になかった。


「できればボクもそうしてあげたかったんだけどねぇ……」


 神といえば全知全能で、人間を生き返らせるなんて簡単なことだと思っていた。だけど、意外とそうでもないんだろうか。


「キミたちが世界とか宇宙とか呼んでいるものは、実はいくつも存在していてね。それと同じ数だけ神も存在している。要するに、キミの世界には、キミの世界を担当する神がいるってわけ」


「それがどうかしたのか?」


「キミんところの神様は、キミのこといらないって言うんだよ。〝どうせ生き返らせても、将来はヒキニートになって一日中アニメを見るだけだろう〟って」


「そ、そんなの分かんないだろ」


 といっても、今でも学校のない日は大体そんな感じだけど。その学校だって、死ぬほど嫌々行ってるだけだしな。


「でも、それを聞いてボクは思ったんだ。〝逆に言えば、大好きなアニメやゲームみたいな異世界でなら、幸せな人生を送れるんじゃないか〟って」


「はぁ……」


 結局のところ、こいつは何が言いたいんだ?


 そう困惑する俺に、ウルルウは笑顔で告げてきた。


「だから、ボクの世界においでよ!」



     ◇◇◇



 気がついた時には、俺は白い空間に立っていた。


 上下左右、見渡すかぎり、どこまでも色味のない景色が広がっている。ひたすらに真っ白な場所だった。


 また、今度の場所は、寒い空間でもあった。


 周囲の色に合わせるように、吐いた息が白くなってしまう。それどころか、空や地面が白いのも、原因は寒さにあるらしかった。


 あのポンコツ、雪原に転移させやがったな。

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