第13話 おつまみ
厨房をちゃんと見てみれば、グラスも皿もいろいろと揃っていた。
誰かがきちんとした食事をしていた形跡がある。
ミーミルスというエルフは結局食事をしたのだろうか。
木製のカッティングボードの上にチーズを置いた。
ホールのチーズ。
乾いた質感で濃い茶色の円柱型のフォルム。憧れのあの形である。
一度は切って食べてみたかった。
イズナはペティナイフを持ち、刃を入れた。
切り分けると、ふわりとバターににも似た香りが通り抜けた。
薄くスライスして皿に乗せる。
それからワインオープナーを手にした。
こちらもちゃんとしまってあった。
動物の角で作られた持ち手にスクリューが付いている。
イズナは前世でアルコールをそんなに飲まなかったのだが、友人や同僚の結婚式で飲むことがあったワイン系だけは好きで時々飲んでいた。幸せな乾杯のイメージがついているせいもあるかもしれない。
高いものは飲めなかったので、お手頃なテーブルワインばかりだったが、それでもおひとりさまの食卓を彩ってくれたものだ。
わきあがってしまう高揚感をとどめて、ワインボトルのコルクにスクリューの先を突き立てた。
ギュッギュッと回して中へ埋めていき、そっとゆっくり引き抜く。
トンとコルクが外れる。
開けっぱなしで置いておくのも気になるので、デキャンタにそっと注いで残りはコルクを浅くはめて保存箱に入れた。
時間経過がない保存箱に栓はいらない気もしたが、気分というやつだ。
デキャンタとワイングラス、チーズを載せた皿をダイニングテーブルへ移動させる。
ワインとチーズだけの食卓だけど、紫色を薄く帯びた深い赤があるだけで、花が咲いたようだった。
デキャンタから慎重にグラスへ移し、グラスを持った。
「乾杯」
上に向かってグラスを上げると、揺れる液体が灯りを通した。
落ち着いた果実の香りを感じながら、口に含むとフルーティで華やか。酸味は控えめ。
なんだかよくわからないが、いろいろとおいしいが濃い。
チーズをかじると硬く、むっちりとした歯ごたえ。旨味が強いタイプで、噛めば噛むほどじんわりいい味が湧いてくる。
そして赤ワインに戻ると、甘い。それに軽くなる。
これはいけない。するすると入っていってしまう。
「なんて美味しいのでしょう」
前世、家飲みしていたワインやチーズとは比べものにならない味だ。
こんな美味なものを忘れていたなんて。
「フレイアと飲んでみたかったですね……」
あの大輪の花のように美しかった世界樹の管理者は、物置の奥へ行ったことはあっただろうか。
生粋のエルフであれば、興味をひかれるものはないのかもしれない。
——でも、よく笑った彼女なら、おもしろがって飲んだかもしれませんね。
空になったグラスにもう一杯注ぎ、世界樹に向けてグラスを掲げた。
ワインのつまみはチーズと、魔力板。
ついローズのところばかり読んでしまう。さすが追放もの作家、手記ですらおもしろい。前世はマンガ家だったらしいが。
ローズの上に名前があったヘッズという者も同じ時代にいたらしい。
どうやら客人のようで、種族がドワーフ。
イズナは前世でドワーフとエルフの仲は悪いと何かで読んだ。実際の異世界の現場では違うようだ。もしかしたら前世の記憶持ちのせいかもしれない。
シーリングファンは基本設計が、このヘッズの作ったものだということがわかった。 それにオーディルの魔素と魔法についての研究を合わせて、魔素をもかき混ぜるシーリングファンが出来上がったようだ。
銀色のタブレットもどきも同じように開発されたらしい。
ローズの「魔力板の記録を保存しておけたらいいのに」という一言から始まったのだと、本人の手記に自慢気に書かれていた。
外部ハードディスク的な発想っぽい。
それともうひとつ彼女の手記からわかったことがある。
ローズは
とんだドジっ子エルフだったようだ。
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※今回短いので、続きをもう一本UPしています!
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