『くっコロリータ。〜殺してほしいほど、可愛い服〜』

鈑金屋

第一の段

■第一幕:白と桃の檻

 竹刀の音が、静かな道場にひとつ。

 気を張る空気、静寂の中に通る残響。


 剣道少女・羽瑠はるは、竹刀を持つその手の先まで、凛とした緊張を漲らせていた。

 結い上げた髪も、額の汗も、乱れ一つない。

 道着の裾は重く黒く、踏みしめる足の力が全身に通っている。


 誰もいない道場の中央で、彼女はひとり型を決め、静かに礼をする。


 それは、剣の道に生きる者としての在り方そのものだった。


「……礼!」


 短く頭を下げ、正座をし竹刀を置く。

 肩で息をつきながらも、どこか誇らしげに背筋を伸ばした瞬間――


「羽瑠ちゃん、おつかれ〜! 今日もカッコよかったよ〜!」


 襖がぱたん、と明るく開いた。


「……乙羽おとは。お前また勝手に……!」


 怒りの声を半ばで止めたのは、乙羽の腕に抱えられた“それ”の存在だった。


 白。

 白の中に、ほんのりピンクが差す、花のような布の束。


「今日はね〜、春の天使ロリータスタイル。白地に薄ピンクのリボン。袖はパフ、スカートは三段重ね、チュールのフリルは手縫い! パニエの層も調整済み!」


「処刑用か?」


「違うよぉ。これは癒し。むしろ救い」


「こんなもん着せられて救われるわけないだろ!」


 羽瑠は一歩、怒りのこもった言葉で詰め寄った。

 だが乙羽は、まったく動じず、羽瑠の目の前にすっとしゃがみ込む。


 ロリータを持つ腕でスカートを軽く押さえ、折り曲げた膝の間から伸びるのは、無防備なほど白くすらりとした太もも。


「お前……立て。道場だぞ。膝立ちでそんな格好……見せるなっ!」


「え、なんで? 羽瑠が見てくれたら嬉しいのに〜」


「見てないっ! 見てないからなっ!!」


 顔をそむける。

 太ももから目を逸らしたその瞬間――羽瑠は、しくじった。


「うふふ。――はい、捕まえた」


 背後に滑り込む気配。

 反射的に動こうとしたが、すでに手が帯へと伸びていた。


「ま、待てっ……お前っ、乙羽っ!? なっ、なにこの技……!?」


「柔道部だったから。初段。袴の帯の抜き方、超慣れてる」


「そんな特技いらんんんっ!!」


 腰紐が緩む音。

 するりと滑るように、袴が床に落ちた。


 次に、道着の前合わせが開かれ、乙羽の手が肩口に滑り込む。


「こ、こらっ! 肩に手を入れるなっ! 変態かお前はぁぁっ!!」


「変態じゃないよ? 羽瑠専属ドレッサー」


「ますます変態だよぉぉぉ!!」


 ずるずると道着を剥がされる。

 抵抗しようにも、的確なホールドで押さえられ、羽瑠は逃げる隙すら与えられなかった。


 やがて下着一枚の姿になったとき、乙羽は息を吐いてにっこり笑った。


「ふう。やっぱり羽瑠は、強気だけど可愛いんだよね〜」


「こ、こんな姿で褒めるなあっ……!」


「さ、まずはこれね。キャミソール〜」


 すっと差し出されたのは、繊細なレースのついた白いキャミソール。

 布地は薄く柔らかく、袖のないその形が、肌に直接触れることを予感させた。


「うそだろ……なんでサイズ、ぴったりなんだ……」


「ね、羽瑠の寝相ってほんと可愛いよね〜。測りやすいの」


「寝てる間に何されてんだ私ぃぃぃっ!」


 文句を言う間にも、キャミソールがするすると羽瑠の頭からかぶせられる。

 肌を撫でるように布が降りてくるたび、背筋がぞくりと震えた。


 続いて、白のドロワーズが取りだされる。


「お次はこれ。ロリータの正装には欠かせないよ〜」


「こんなもん、誰が履くかぁっ!!」


「羽瑠以外の誰が履くの。ほら、素直に足を伸ばして、こっちの足から」


「くっ、くそっ、柔道の抑え込みやめろっ! 不当拘束だぞっ!」


「ロリータを愛でるのに、法的根拠など不要」


「やばい、こいつ……会話が通じねぇ……!」


 スルスルとドロワーズが足を包み、膝下でくしゅりと可愛いフリルを形作る。


「……ふ、ふざけんな……これで道場立ってたら監督に叩かれる……!」


「だいじょぶだいじょぶ。私は部外者だし〜」


「お前は外部の天災だよっ!」


「さあて、ここからが本番です」


 乙羽は白ロリのドレスを両手に取り、ふっと息を整えた。

 ヌルヌルと足技で、羽瑠に馬乗りになるのを忘れない。


「まずはスカート。パニエの層を丁寧に整えて……羽瑠ちゃん、腰に手をあてて」


「命令すんなっ! はぁ……なんだこのふわっふわ……」


 パニエの弾力が、まるで雲のように腰を支える。

 その上から、真っ白なスカートが広がっていく。


 前から後ろへ、布がふわり、ふわりと降りるたび、羽瑠の全身がどんどん“それっぽく”なっていった。


「上はこのブラウスね。ボタン、小さいから止めにくいけど……あ、羽瑠じっとして、肌があたたかい」


「黙れ、近い、指が触れてるっ!! こっちは今、精神がぐっちゃぐちゃだぞ!!」


 襟を正され、袖口のリボンを結ばれ、胸元にピンクの飾りを留められて。

 羽瑠は、もう立派な“白ロリ”だった。


 乙羽が手を放す。


「――完成っ!」


 立ち上がらさせられた。

 羽瑠は顔を赤くして、ゆっくりと視線を落とす。


 真っ白な袖。ふんわり広がるスカート。レースの飾り。

 着ている自分が、自分じゃないみたいだった。


「……く、殺せ……」


「はい?」


「こんな格好をさせるくらいなら……いっそのこと殺してくれっ……!!」


 道場に、羽瑠の絶叫が木霊する。


 しかし乙羽は、頬に指を当てて、


「いやいやいや、それ言いすぎだって〜。なんで毎回そんな必殺技みたいな叫び方するの? 可愛いのに」


「うるせぇぇぇぇぇ!!」


「じゃ、ちょっとスマホの充電見てくるから、ここでおとなしくしててね〜」


「えっ、おい、ちょっ、ちょ待て待てッ!! 放置するなって!!」


 ばたん、と扉が閉まる。


 羽瑠は、白ロリ姿のまま、ぽつんと取り残された。


 道場の古い鏡に歩み寄る。

 映った自分が、可愛いと言われた姿が――確かにそこにあった。


(……誰にも、見られてなければ)


「……ちょっと、可愛い……かも」


 その瞬間、フラッシュが、閃いた。


 ピカッ


「――は?」


 ばたりと扉が開き、スマホを手にした乙羽が顔を出す。


「ごめーん、フラッシュ切り忘れてた〜」


「おまええええええええええええっっ!!!」

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