第12話 傷だらけの二人
風呂上がりの翠は、ティーポットで湯を沸かし、ホテルのアメニティのココアをカップに注いだ。
「ほら、熱いから気をつけろ」
ぶっきらぼうに差し出されたマグカップを、雪は両手でそっと受け取る。
「ありがとうございます…」
ふーっと息をかけ、一口。
甘くて温かいココアが、冷え切った心をじんわり溶かしていく。
彼女の瞳から、止めどなく涙が湧いてくる。
「うっ…ッ…」
雪は感情を抑えきれず、溢れでた涙が頬を濡らした。
「ほら……ティッシュ」
翠は無造作に箱ごと渡し、ぽんぽんと雪の頭に手を置いた。
「さっさと寝ろよ」
そしてソファーに横になった翠に、雪は心配そうに声をかけた。
「翠さん、そんな場所で…
身体が冷えちゃう…ベッド使ってください」
彼女の方をちらりと振り返る翠の視線には、温度がない。
凍てつく瞳で、紡いだ言葉はまるで、感情を削ぎ落としたように冷たかった。
「お前さ、人の心配ばっかだな。
そんなんだから舐められんだよ」
突き放すような言い方に、雪は言葉を失い、唇を噛み締めて俯く。
胸に刺さったのは、責められているような痛みだった…。
翠は、間をおき、ため息をつく。
「はぁ……わかったよ。そんな顔すんな。ベッド、使う」
翠は、雪が待つダブルベッドに潜り込み、並んで横になる。
翠は背を向けたまま、無言だった。
「翠さん……聞いてもいいですか?
嫌なら答えなくてもいいです……」
雪のかすかな声に、翠が答える。
「何だ」
「どうして復讐代行のお仕事をしてたんですか?」
短い沈黙の後、翠は静かに語り始めた。
「……俺が子供の頃の話だ。
俺は製薬会社の社長の一人息子だった。
裕福な家庭に生まれ、何不自由ない生活をしてた」
そこで一度、言葉が途切れる。
闇を見つめるように、翠は目を伏せた。
「……ある日の事だった…。
家が何者かに放火されて、俺の両親は死んだ。」
その瞬間、翠の脳裏に、消えるはずのない光景が鮮明に蘇る。
――――――――――
あの日、眠っていた俺は、
ガラスが割れる音で目を覚ました。
廊下に出た瞬間、強烈な熱気が頬を刺した。
赤い光が床を照らし
パチパチ…と何かが燃える匂いが家全体に満ちていた。
「父さん……? 母さん……?」
返事はない。
炎の勢いは瞬く間に広がり、逃げ場を塞ぐように翠を取り巻いた。
幼い俺は、灰色の煙に巻かれ咳き込みながら…
必死に両親を探した。
その時、天井が軋む音がした…。
次の瞬間、焼け落ちた柱が倒れてきて…
右側に痛みが走った。
皮膚が焼ける熱さと共に視界が半分、暗闇に沈む。
「ゲホッ……ケホッ…。
父さん!母さん!返事してよ……。」
俺の意識はぼんやりとしたまま
救助に駆けつけた消防隊員に腕をつかまれ、外へ引きずられた瞬間、
大きな崩落音が夜を裂いた。
焼け落ちた家の中から見つかった俺の両親は、黒い焦げの塊だった…。
それが、両親との最後の別れになった。
――――――――――
翠はしばらく黙り込むと、その身体は少し震えていた。
「翠さん、 大丈夫ですか?」
雪に身体を揺すられ、ハッと我に返る。
「すごい汗ですよ… 」
雪は心配そうに、翠の背中を撫でた。
「悪い…話の途中だったな。
昔の記憶を思い出しちまった…。
俺はあの火事で両親と右目を失った。
その後、俺は、孤児院に入る事になった。
そこでガキの頃に出会ったのが凪斗だ。
凪斗と俺は、今の復讐代行の社長、土方に引き取られて子供の頃から組織に属し、訓練を積まされた。」
淡々とした声だったが、その裏に抑え込まれた痛みが滲む。
彼のあまりに壮絶な過去に雪は言葉を失った。
(翠さん…そんな事が…。)
「社長は言っていた。法で裁けない悪を裁く、依頼者の怨嗟を背負う復讐代行は正義の仕事だと。
お前の親を殺した奴が憎いだろう?
探し出して復讐するのを手伝ってやると…。
幼き日の俺は、家族を奪った奴らに必ず復讐すると誓ったんだ。
俺も、自分のしている事が正義だと信じて疑わなかった…。
アジトに連れて来られる奴らはみんなクズばかりだったしな。
罵詈雑言を吐き散らしたかと思えば手の平返して無様に命乞いをしたり、責任転嫁して自分は悪くないと主張する奴ばっかだった。
だけど……お前は違った。お前を見て、疑念を抱いたんだ。
俺のしてることは、本当に正しいのかって…」
(この人は、こんな辛い事を一人で抱えて、葛藤してたんだ…)
そう思った雪は涙がとまらなくなった…。
そっと翠の背中に手を添える。
「……翠さん、沢山辛い思いしたんだね。
私の事、助けてくれて、ありがとう。
翠さんには絶対、幸せになってほしいよ…!」
雪は心からそう願った。
「くだらねぇこと、喋りすぎたな……もう寝ろ」
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
背中を向けたまま、二人は静かに眠りについた。
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