第2話 空飛ぶチクワ演説

宇宙トラックの運転席。渋滞に巻き込まれてノロノロ運転中のイザベラは自動運転なのを確認してから、ラジオのスイッチを入れた。


聞きたいのは、今日の交通情報。いったいいつになったら自分は家に帰れるのか。


ちょうどニュースの時間だった。ひとしきり話題が終われば交通情報になるはず。イザベラはラジオをつけたままで待つことにした。


宇宙港で政治家が演説をしているという。ははん。それは別にどうだっていい。


スピーチの内容を放送し始めた。興味ない。どうだっていい。それより渋滞はいつまで続くのさ。イザベラは思うが、スピーチは始まってしまった。


「このスペースコロニー『空飛ぶチクワ』は自然物と人工物をつなぎ合わせて作られた極めて不安定なものである」


月面出身の政治家、アダム・テートの演説はこんなふうに始まった。


それに対してイザベラはついついツッコミを入れてしまう。

「不安定なわりには安定してるんじゃない。空気が漏れたことなんてないし、凍りついたことも、焼け死ぬほど熱くなったこともない」

一方通行の動画やラジオにも話しかけてしまうのは一人暮らしの頃に身についた悪い癖だ。


「しかも、地球連邦政府がルナリアンに対して行った施策はここまでで入れ物さえ造ればよしとして彼等は地球に引きこもり、我々に地球を帰還させはしなかったのである」


「いまさらルナリアンって言っちゃう。月に住んでる人もいるけど、チクワ住みとか、火星住みとか、いまじゃいろいろいるっしょ」


「私の母、アリス・テートが月面作業者、すなわちルナリアンの自治権を要求したとき、母アリスは地球連邦政府の特殊部隊に暗殺された! 」


「おお、あの月基地動乱の首謀者の子どもちゃんなのね。よくぞ、育った」


「ここに至って私はルナリアンの独立を果たすため、実力を示すべきだと確信したのである!」


「ほほう。威勢がいいねえ」


「空飛ぶチクワを地球に落とす。これによって地球に住む人々に覚醒を促すのである」


「待て! そんなことしたら、住む場所も仕事も全部なくなっちゃう。冗談じゃないよ」


「諸君!自らの道を拓くため、ルナリアンの政治を手に入れる為にあと一息! 諸君らの力を私に貸していただきたい! そして私は、母、アリスの元に召されるであろう!!」


「死ぬのは勝手にやってよ。マザコン野郎! 他人を巻き込むな!」


 宇宙トラックをマニュアルモードにして前の宇宙船の屋根の上すれすれをすり抜ける。奴がいる場所はわかってる。宇宙港だ。ぶん殴って、あのマザコン野郎の根性を叩き直してやる。


貨物輸送機にあるまじき速さでイザベラの宇トラックはかっ飛んでいく。


イザベラの思考回路は単純そのもの。娘の将来しか考えていない。そのためには空飛ぶチクワはなくてはならない。


邪魔する奴は? やるっきゃないんだな。勝ち負けじゃない。小鴨を守ろうとする親鴨のような心意気さ。相手がキツネだろうが、狼だろうが、クマだって関係ない。守るものは身体を張って守る。それだけだった。

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