・3-4 第24話:「シンガロイドはそれでも歌いたい」

 シンガロイド・くーは、奏汰の両腕に包まれながら泣いていた。


 ただ寄りそって。

 自分はここに居てもいいのだと、肯定してくれた。

 それが嬉しくて。

 電脳が熱を持つのを、止めることができなかった。


 そうして、何分が経っただろうか。

 身体機能を管理しているシステムから水分不足を警告されるころに、ようやくくーは泣き止んでいた。


 彼女にとって。

 美詩 舞奈になるというのは、この世のすべてと言っていい目標だった。


 そもそも、そのために生み出されて。

 基礎知識だけを叩きこまれただけで目覚めたまっさらな人工知能(AI)としては、それ以外には何も見つけることができて。

 他の仲間達と同様、ただひとつの[本物]になることを夢見て、ひたすらに努力し、なかなか思うようにいかないことで悩んで来た。


 そのすべてが、失われてしまった。


 あれだけなりたいと思っていた存在は、すでに別の個体がなっていて。

 自分にはもう、挑戦するチャンスさえ与えてはもらえないのだ。


 そう思うと、悔しいよりもまず、どうしようと思った。


 シンガロイドは、歌って、踊る。

 そのために生み出されたものだ。

 それが存在意義だ。


 なのに、自身が存在する理由を唐突に失ってしまったら。

 もはや、何のためにここに居るのか、次になにをすればいいのか、何もかもが分からなくなってしまう。


 夢を失って悲しかったという気持ちは間違いなくある。

 だがそれ以上に。

 くーは途方に暮れて、放心してしまっていた。


 だが、奏汰は言ってくれた。

 そんな彼女でも、ここに居ても良いのだと。

 彼女の歌が好きで。

 それは他の人達も一緒で。

 ここに居場所があるのだと、そう教えてくれた。


 何もかもを失って、すっかり空っぽ。

 自身が生まれた理由、存在する目的を失って、寄る辺の無い、無限に続く奈落に唐突に放り出されてしまったような孤独感。


 奏汰の言葉は、絶望の底からくーを現実に引き戻してくれた。

 彼女に[自分]という輪郭を取り戻させ、そして、確かに踏みしめぅことのできる[居場所]を与えてくれた。


 それが嬉しかった。

 何て素晴らしいことなんだと思った。


 そうして。

 悲しくて、嬉しくて、訳が分からなくなって。

 ひたすらに泣いた。


 まるで、抱えきれない感情を涙ですべて押し流そうとするように。

 人間が泣くのと同じ理由、同じ目的で、シンガロイドは涙をこぼした。


 ひとしきりそうして、落ち着いてくると。

 くーは、自覚する。


 あらゆるものを取り去った後に。

 それでも、そこに[何かが残っている]ということに。


 これこそ。

 自分が存在し続けるための核になるのではないか。

 美詩 舞奈 になるという夢を失い、シンガロイドとしての存在価値を奪われ、サイバーライブという戻れる場所も無くした己にとって。

 新たに目指すもの。

 この世界で生き続ける意味。

 そう思った。


「……奏汰さん!

 私!

 やっぱり、歌いたいです! 」


 相変わらず少年は自分のことを優しく抱き留めてくれている。

 心から寄りそってくれている。


 その暖かさを感じながら。

 くーは、自らに残された最後の想いを、叫ぶ。


「もっと、もっと!

 美詩 舞奈になれなくったって、構いません!

 私は、歌いたい!

 私の歌を、奏汰さんや、夏芽さん、聡汰さん、商店街のみなさんに、聞いて欲しい!

 私だけの歌を!

 私だけにしか歌えない、音楽を! 」


 歌うために生まれた。

 それがシンガロイドだ。


 くーが歌いたかったのは、最初は、それだけの理由だった。

 自分自身で選んだのではなく、生まれながらに背負わされていた目標のために。

 他には何も思いつかなかったから、ひたすらにそれを目指していた。


 だが、今は違う。

 鬼嶌家の居候になって、その代わりに仕事を手伝って。

 たくさんの人々と会い、声を取り戻してからは、その前で歌った。


 それは、とてもとても、楽しい時間だった。

 一人でも二人でも聞いてくれる人がいる。

 喜んでくれる人がいる。

 自分の歌で、笑顔になってくれる。


 それは、シンガロイド・くーの電脳を、心地よく暖めてくれる。


 ああ、もっともっと、歌いたい。

 もっとたくさんの人に自分の声を届けたい。

 そして。

 ずっとずっと多くの、大きな幸せを、みんなで共有したい。


 美詩 舞奈になれないと知って、自分にはもう、何も残されてはいないのだと思った。

 だが、違った。

 彼女の中には確かに、彼女だけの願いが形成されている。


 散々に泣いて、身体の水分れいきゃくすい枯渇こかつする寸前で。

 バッテリーの残量だって少なくなっているのに。


 そんなのは関係が無かった。

 それで例え、また身動きを取れなくなってしまってもいい。

 故障してしまってもかまわない。


 歌いたい。

 自身が壊れるその最期の瞬間まで、みんなに聞いていて欲しい。


「……うん!

 歌おうよ! 」


 その気持ちを吐露とろされた奏汰は、笑ってうなずいてくれた。


「ボクは、くーの歌が好きだよ。

 シンガロイドのことは好きだけど……、そうじゃない。

 この、美詩 舞奈としてデビューしたコの歌よりも。

 くーの声が、聞きたい!

 きっと、みんなもそう言ってくれるよ! 」

「……っ!

 奏汰さぁん……っ! 」


 もうシステムから警告が来ているほどだというのに。

 また、くーの双眸そうぼうが涙でぐにゃりと歪む。


 だがそれは、これまでに感じたどんな感情とも違う、別の何かに起因する電脳の発熱であるようだった。

 悲しいわけでも、嬉しいわけでもない。

 いや、喜んではいるのだが。

 嬉しい、というのとはまた少し、違うような感覚なのだ。


 できるだけで表現するのならば。

 身体に冷却水を循環させているポンプ、人間で言えば心臓に当たる部品が、きゅっ、と、予期せぬ形で引き締まる。


 一瞬だけ故障かな、と思ったのだが、そうではなさそうだ。

 システムは正常な値を示している。

 つまりは、すべて自身の感情に連動した[揺らぎ]だ。


(この気持ちも、きっと!

 歌で、届けられる! )


 くーは涙ぐんだまま微笑み、奏汰のことを見つめながら。

 今の自分ならばきっと、この言語化できない何かを、歌に乗せて伝えることができるのではないかと思っていた。

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