・1-2 第2話:「うちに来る? 」

 世間で人気をはくしているシンガロイドたちの外見には、ある共通した特徴があった。

 一目で[アンドロイドだ]と分かるガジェットが装着されているのだ。


 たとえば、大きな通信機のようなアンテナや、スピーカーを模した髪飾り。

 これらはサイバーライブがシンガロイドを売り出す際に彼女たちの分かり易いシンボルとして採用した、共通の意匠いしょうだった。


 とはいえ。

 シンガロイドたちが人気を得たことで、人間たちの中には彼女たちの姿を真似て、コスプレをして楽しむ人々も生まれている。


 そこに倒れているのが、電脳の歌姫たちの一人なのか、あるいは、姿を真似まねているだけで奏汰と同じ、生身の人なのか。

 恐る恐る近づいてみると、———明らかに機械に属する存在だった。


 だって、見えているのだ。

 喉元の皮膚に相当するパーツが裂け、中に仕込まれた回路やら機器やらがはみ出してしまっている。


「ひっ!? 」


 その光景を目にした瞬間、奏汰は怖さで小さく息を飲んでいた。

 血が出ているわけでもなんでもないのだが、あまりにも痛々しく、グロテスクなものに思えたからだ。


 シンガロイドは外見でアンドロイドだと分かるガジェットを身につけてはいるものの、それ以外は普通の少女と変わらない。

 学校などで話をするクラスメイトとさほど変わりのない相手がこんな酷い怪我をしているのだ。

 人間ではない機械とはいえ、見ていられない。


「壊れてるの……? 」


 今すぐにでも逃げ出したい気分だったが、それでも奏汰はさらに近づいていた。

 彼にとってシンガロイドはあこがれの存在であり、本物を目にするのはこれが初めてのことで、もしすると二度とないチャンスかもしれない。

 それに、もしも本当に故障して困っているのならば、助けになってあげたかった。


 電脳の歌姫は壁によりかかるようにしてうずくまって目を閉じたまま。

 一見すると眠っているようだ。

 明るいオレンジ色の髪の大きなツインテールが特徴的で、愛らしい顔立ちをしている。


「綺麗だ……」


 見つめていると、自然とそんな言葉がれた。

 どちらかと言えば幼く見えるのだが、静かに双眸そうぼうを閉じている様は均整の取れた彫刻のようで。

 どんな瞳をしているのだろうと思った。


 その、瞬間。

 急に、シンガロイドが目を開いた。


「わっ!? 」


 奏汰は驚きの余り後ずさり、バランスを崩して尻もちをついてしまう。

 だが、視線は逸らさない。

 見たい、と願っていた彼女の瞳が、間近にあらわれていたからだ。


 それは、思っていたのとは違った。

 他のシンガロイドの例にれず美しく輝けるように作られているはずなのに、どういう訳か深い闇を宿している。


 まるで、すべてに絶望してしまっているかのような瞳———。


「ア……、ニンゲン、サン……? 」


 電脳の歌姫は、まるで寝ぼけているみたいにそう呟くと、数回まばたきをゆっくりと繰り返した。

 その様子は、なんだか弱っている印象だ。

 人間でいえば、疲れ切っているという雰囲気。


「あの……、キミ、大丈夫? 」


 もしかするとこの子は本当に困っていて、助けが必要なのかもしれない。

 そう思った奏汰はようやく勇気を振り絞ってそう問いかける。


「どうして、こんなところにいたの?

 それになんだか、とっても弱っているみたいだよ? 」

「ア……、エエット」


 シンガロイドの反応は鈍い。

 意識がはっきりとしない、と言えばいいのか。

 だが、AIにそんなことが起こり得るのだろうか。


 加えて、おかしな点があった。

 言葉がカタコトで、しかもにごっているのだ。


 サイバーライブがプロデュースする電脳の歌姫たちは、美しく可憐かれんな声を持っている。

 人間の声優の声を元に様々なボイストレーニングを経て、人々を魅了するパフォーマンスを実現する歌声を、人工知能(AI)を活用して習得させるのだ。


 それなのに、おかしい。

 こんな[汚い]声のはずがない。


 喉の辺りに生まれた隠しようのない損傷が原因に違いなかった。


「ねぇ、キミ。

 喉は、どうしたの?

 怪我? を、してるみたいだけれど」

「ノ……、ド……? 」


 そう指摘をされて、シンガロイドは、自身の意識をはっきりとさせたらしい。


「ゥ……ッ。

 ウワァァァァァァァァンッ!!! 」


 次の瞬間には、彼女はその醜い声を張り上げ、———泣いていた。


 アンドロイドなのに、まるで人間のように涙をこぼして。

 壊れてしまった喉を震わせて、慟哭どうこくする。


「ワタシノ……ッ!

 ワタシノ、ノドガァッ!

 ウタエナイ……ッ!!!

 コレジャ、ウタエナイヨォォォッ!!! 」


 奏汰は慌てた。

 こんなに大きな声で泣き出すなんて思ってもみなかったのだ。


「お、落ち着いて!

 キミは、シンガロイドなんでしょう?

 だったら、喉だってきっと、修理できるんじゃないかな? 」

「シュウ……、リ? 」

「そう!

 部品が壊れているなら交換してもらって、傷も綺麗にすれば、また、きっと歌えるようになるよ! 」


 励ますようにそう言うと、そのシンガロイドは一旦、泣き止む。

 だがそれは希望を取り戻したからではなかった。


「ソレ……、キット、デキナイ」


 彼女は悲しそうにうなだれ、小さく丸まって今にも消えてしまいそうになる。


「できないって、どうして? 」

「ダッテ……、まねーじゃーサン、イッテタ。

 キュウゴウハ……、ハイキニナル、ッテ」


 マネージャーというのはきっと、サイバーライブで、シンガロイドたちの歌やダンスのレッスンを補佐してくれている人物なのだろう。

 その人が、言っていた。

 キュウゴウは、廃棄になる……。


「ワタシ……、ぽんこつナンデス」


 言葉を失っている奏汰に、シンガロイドは打ち明ける。


「ウタモ、ダンスモ、ホカノ、ナカマヨリモ、ヘタ……。

 ダカラ、ワタシ、モウイラナイ。

 ノド、コワレタカラ。

 ウタエナクナッタカラ。

 ワタシ、コノママ、すくらっぷ」


 そしてまた、さめざめと涙をこぼし始める。


 そんな姿を見ていると、胸の奥がきゅうっと、絞めつけられた。

 自分も悲しくなって、辛くなって、———どうしても、彼女のことを放っておけなくなってしまう。


 だから奏汰は立ち上がると、そっと手を差し出す。


「とりあえず、家においでよ。

 何ができるかは分からないけれど……、ボクが、できるだけ助けてあげる」


 それは、勇気を出せない少年が踏み出した、小さな一歩だった。

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