第10話 Silent Cinema DAY

断続的に発生する「映像消失」現象――後に《ブラックアウト・フラッシュ》と呼ばれることになるそれは、瞬く間に世界的な混乱を引き起こしていた。交通機関の魔法標識が消え、商業施設の映像広告が沈黙し、そして何より、〈ミラチューブ〉をはじめとする配信プラットフォームの映像が、予告なくブラックアウトする。俺たち配信者にとっても、視聴者にとっても、それは致命的な問題だった。


原因は依然として不明。魔王ゼファリスが言うには、極めて高度な魔術的ハッキング、あるいは未知のアーティファクトによるものらしいが、手掛かりは掴めない。沈黙神との戦いで得た平和は、あまりにも脆く崩れ去ろうとしていた。


そんなある日、世界中の映像プラットフォーム――〈ミラチューブ〉のトップ画面から、街角の小さな情報ディスプレイに至るまで――に、奇妙な告知が一斉に表示された。漆黒の背景に、白い明朝体のようなフォントで、ただ一文。


『告:まもなく、世界は24時間、沈黙の映画館(Silent Cinema)となる。音のみが響く世界で、真実の響きを探せ』


「……は? なんだこれ」


俺、赤月ショウタは、ユウナ、そしてリモートで緊急接続した魔王ゼファリス、天才ハッカーのRoot_Toraと共に、その告知を呆然と眺めていた。


「明らかに、例の《ブラックアウト・フラッシュ》を起こしている存在からのメッセージでしょう」ユウナが冷静に分析する。その声には、隠しきれない緊張が滲む。

「ふん、随分と芝居がかったことを。我らを試しているのか、あるいは単なる愉快犯か」ゼファリスは腕を組み、不機嫌そうに唸る。

『……解析中。発信元の特定は困難。極めて高度な偽装とステルス技術が使われてる』Root_Toraの無機質な声が、事態の異常さを裏付ける。


そして、告知に示された時刻。

世界から、完全に「映像」が消え失せた。


さっきまで映っていた〈ミラチューブ〉の管理画面も、壁掛けの風景ディスプレイも、ユウナが淹れてくれたお茶の湯気さえも、まるで最初から存在しなかったかのように、ただのっぺりとした「黒」に塗り替えられた。しかし、音だけは違う。俺たちの声、部屋の反響、窓の外の喧騒――それらは、むしろ普段よりクリアに、鮮明に聞こえる気がした。


「……マジかよ。本当にやりやがった」


俺は即座に配信を開始する。画面は当然、真っ黒だ。


「みんな、聞こえるか! ショウタだ! 見ての通り……いや、見てはないだろうけど、世界中から映像が消えちまった! だが、俺たちの声は届いてるはずだ! 無事か!?」


コメント欄は一時的にテキスト入力が無効化され、代わりに音声入力機能が強制的にオンになっていた。戸惑いながらも、視聴者たちの声がコメントとして流れ込んでくる。


『聞こえるぞー! ショウター!』

『うわ、マジで真っ暗じゃん! 不安なんだが!』

『ちょ、音声だけって逆にエモくない?』

『隣の家の夫婦喧嘩の声が丸聞こえなんだがwww』


その時、俺の頭の中にEchoの声が響いた。元・沈黙神である彼女は、音声情報の処理に関してはスペシャリストだ。


《ショウタ。視聴者の音声コメントを受信・解析中。特定の感情――熱狂、応援、共感などのポジティブな音声に、微弱な魔力エネルギーが付与されているのを確認しました》


隣にいたRoot_Toraが、自身の端末を高速で操作しながら補足する。

『Echoの言う通りだ。この空間、もしくはこの現象そのものが、音声に乗る感情エネルギーを増幅・変換してるっぽい。まるで……魔力チャージだな』


「音声コメントが、魔力になる……?」


面白い。つまり、この状況下で俺たちが盛り上がれば盛り上がるほど、何らかの力になる可能性があるってことか?


「――よし! こうなったら、音声だけで最高の一日(?)にしてやろうぜ! 見えなくたって関係ねぇ! 声と音で、世界を繋ぐぞ!」


俺は宣言し、得意の即興実況を開始した。テーマは「目隠しで部屋の中を探検してみた」。壁にぶつかる音、床に落ちている何か(ユウナの私物っぽい)を踏んづける音、そして俺の悲鳴。それらが、音声だけで生々しく伝えられる。


『やめろショウタwww』

『絶対ヤバいもん踏んだ音したぞwww』

『ユウナ様の冷たい視線(音)を感じる……!』


視聴者の笑い声(音声コメント)が、確かに空気を温めていくのを感じた。


一方、その頃。魔王ゼファリスは、自身のチャンネルでとんでもない配信を始めていた。


『ふはははは! 映像がなくとも、我が至高の料理、その“音”で貴様らの腹を空かせてやろうぞ! 名付けて!【魔王ゼファリスの地獄(ヘルズ)キッチン・サウンドオンリー!】刮目(かつもく)……いや、刮耳(かつじ)せよ!』


配信から流れてくるのは、明らかに何か硬いものを叩き割る音、液体が激しく煮えたぎる音、そして時折混じる「ドカーン!」という爆発音と、ゼファリスの高笑い。


『まず、深淵より取り寄せし魔界イカの墨をだな……うおおっ!? 跳ねるな貴様! 我がマントが!』

『次に、溶岩地帯で採取したマグマソルトを少々……いや、ドバっと! これぞ魔王の味付けよ!』

『ぐつぐつ……じゅわー……ドカーン! ……ふむ、香ばしい香りだ(焦げ臭い)』


コメント欄(音声)は、恐怖と爆笑の坩堝(るつぼ)と化していた。


『何作ってんの魔王様wwww』

『絶対食えたもんじゃない音www』

『爆発オチは料理配信の基本(?)』

『ある意味ASMRかもしれん……(錯乱)』


ユウナは俺の隣で、真面目に状況を伝えようと四苦八苦していた。

「ええと、現在の各地の魔力濃度変動ですが……こちらのグラフ、あ、いえ、グラフが見えないので口頭で説明しますと……上昇傾向にあるのは……(小声で)ショウタさん、資料が手元にないと……あっ!」

またしても、空を切るジェスチャー。その衣擦れの音と小さなため息が、彼女の生真面目さとポンコツさを同時に伝えて、視聴者の笑いを誘っていた。


その狂騒の最中。

勇者王国の首都にある、壮麗な出版ギルドの一室。

映像メディア規制を強硬に主張する検閲官、ミリアル・フォン・クラインは、苦虫を噛み潰したような顔で、複数の音声配信を同時に聴いていた。


「低俗な……! 目が見えぬのをいいことに、ふざけた音ばかり流しおって! 特にあのVTuberと魔王! 世も末だ!」


忌々しげに吐き捨てるが、ゼファリスの料理配信から流れてくる妙にリズミカルな爆発音と調理音(?)に、無意識のうちに指で机を叩き、リズムを取ってしまっている自分に気づき、ハッと顔を赤らめた。


そんな、ある意味で「平和」な時間が流れていた、その時だった。


ブツンッ――


世界中のあらゆるスピーカーから、全ての音が消えた。配信音声も、環境音も、何もかも。完全な静寂。


そして、その静寂を破るように、冷たく、それでいてどこか物悲しい響きを持つ、女の声が響き渡った。それは、特定の配信に乗っているのではなく、まるで世界そのものから語り掛けてくるようだった。


『――ようやく静かになった。雑音(ノイズ)は、嫌い』


「なっ……誰だ!?」俺は思わず叫んだ。


『……私は、Lumina Nox(ルミナ・ノクス)。光を無くし、真実の影を探す者』


その声には、古い映写機の駆動音のような、微かなノイズが混じっていた。


『あなたたちが拠り所にしていた、その薄っぺらな“光”。それは今、私が預かっている。けれど……ふふ、ただでは返してあげない』


ゼファリスの声が、俺たちのスピーカーから響く。おそらく魔王としての権能で、無理やり回線を開いたのだろう。

『……貴様が、この騒動の元凶か。何をするつもりだ』


『あらあら、魔王様じきじきにご挨拶? 光栄ね。目的は単純よ』


ルミナ・ノクスの声に、嘲るような響きが混じる。


『これから、素敵なオークションを始めましょう。この世界に散らばる、ありとあらゆる“光”――美しい景色、輝かしい記憶、感動の瞬間……それらを競りに掛けるの』


『まずは手始めに……そうね、この“一欠片(フラグメント)”から、始めましょうか』


その言葉と共に、ほんの一瞬。

世界中の人々の脳裏に、鮮烈なイメージが焼き付いた。

燃えるような、黄金色の夕焼け。どこまでも広がる地平線。ノスタルジックで、切なくて、息を呑むほど美しい、けれど誰にとっても見覚えのない「映像の断片」。


声が、楽しげに囁く。


『さあ、沈黙の映画館(Silent Cinema)へようこそ。――光の競売(オークション)の始まりよ』


ルミナ・ノクスの声が消え、再び世界に音が戻った。しかし、先ほどまでの賑わいは嘘のように消え失せ、困惑と不気味な静寂が支配していた。


「光の……オークション、だと……?」


俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

これは、単なるシステム障害や嫌がらせではない。

俺たちが当たり前のように享受していた「見る」という行為そのものを人質にした、とんでもないゲームが始まろうとしていた。


真っ黒な配信画面の向こう側で、無数の視聴者たちが固唾を飲んでいる気配が伝わってくる。


俺は、マイクを握りしめた。

見えない敵、聞こえない恐怖。

それでも、俺たちにはまだ「声」がある。


「……面白いじゃねぇか。そのオークション、受けて立ってやるよ」


たとえ映像がなくても、俺たちの物語は、まだ終わっちゃいない。

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