第4話 錬金術師の副業探しと、隣の席の田中さん

あの忌まわしき、石ころ炭化事件&土味コーヒー錬成失敗から数日。

俺、山田太郎(中身アルフレッド)は、錬金術による一攫千金の夢を、ひとまず諦めざるを得なかった。

どうやらこの現代日本では、ゼロから金(ゴールド)を生み出すのは、前世(アースガルド)のように簡単にはいかないらしい。

等価交換の原則だか、質量保存の法則だか、あるいは単に俺の魔力が足りないのか、理由は定かではないが、とにかく無理なものは無理だ。


(むぅ…錬金術師が金に困るとは、なんたる屈辱…! 前世では、国庫を潤わせるほどの金を錬成していたというのに…!)


しかし、落ち込んでばかりもいられない。

しがないサラリーマンの安月給から脱却し、人生を謳歌するためには、やはり立つ鳥跡を濁さず、立つ錬金術師は金を生み出す、なのだ。(意味不明)

直接、金を作れないのなら、別の方法で稼ぐまで。

幸い、前世で培った錬金術の技術は、金の生成だけではない。

物質の加工、精製、合成…応用範囲は無限にあるはずだ。


というわけで、週末。

俺は再び、安アパートの自室を錬金工房(仮)として、新たな金策の実験を開始した。

今回のテーマは、「身近なものを加工して価値を高める」だ。


まずは、引き出しの奥で眠っていた、昔どこかの景品で貰った安物のネックレス。

見るからにメッキで、デザインも微妙だ。

これを素材に、貴金属加工の技術を試してみよう。


「ふむ…まずは表面の不純物(メッキ)を除去し、内部の卑金属を…そうだな、銀に近い輝きを持つ合金へと変質させる。『マテリアル・リファイン』!」


俺はネックレスに手をかざし、慎重に魔力を流し込む。

前回の失敗を踏まえ、今回はより精密な制御を心がける。

ネックレスが微かに輝き、表面の色合いが変わっていく。

おお、いい感じだ。

だが、出来上がったのは…なんというか、くすんだ銀色の、妙に重たい金属塊だった。

ネックレスとしての形状は保っているが、お世辞にも美しいとは言えない。


「……これもダメか。価値が上がるどころか、元のほうがマシだったかもしれん」


次に試したのは、10円玉磨きだ。

前世では、サビた銅製品を新品同様に輝かせる『ポリッシュ』という基礎的な錬金術があった。

これを10円玉に応用すれば、ピカピカの輝きを取り戻し、収集家の間で高値で取引される…かもしれない!


「輝け! 我が錬金術の力で、その本来の姿を取り戻すのだ! 『カッパー・ポリッシュ』!」


結果。

10円玉は、確かに驚くほどピカピカになった。

鋳造されたばかりのような、眩い輝きを放っている。

しかし…


「価値は、どう見ても10円のままだな…」


当たり前だ。

いくら綺麗にしても、10円は10円だ。

俺は何をやっているんだ。


貴金属加工がダメなら、次は薬品精製だ。

前世では、回復薬(ポーション)や、一時的に身体能力を高める薬などを錬成していた。

この技術を応用すれば、現代でも何か画期的なものが作れるかもしれない。

例えば、究極の栄養ドリンクとか、驚異的な洗浄力を持つ洗剤とか。


俺はドラッグストアで買ってきた一番安い栄養ドリンクと、庭(という名のベランダの植木鉢)に生えていたよく分からないハーブを鍋に入れ、錬金術的なイメージで煮詰めていく。

もちろん、火は使わない。魔力で直接加熱し、成分を抽出・再合成するのだ。


「秘伝のレシピ…いや、今回は完全オリジナルだが…いでよ! 奇跡の霊薬! 『マイルド・ポーション』!」


鍋の中では、緑色の液体がグツグツと泡立ち、怪しげな匂いを放っている。

完成した液体は、ヘドロのようにドロリとしていて、色は深緑。

見た目は完全にアウトだ。

しかし、錬金術師たるもの、自ら効果を確かめねばなるまい。

俺は意を決して、指先に少量つけて舐めてみた。


「……にがっ!!!」


想像を絶する苦さだ。

舌が痺れる。

だが、その直後。

身体の奥から、じんわりとした活力が湧き上がってくるのを感じた。

疲れが取れ、頭がスッキリする。

効果は、確かにあるようだ。

市販の栄養ドリンクとは比べ物にならないくらい。


「おお…! これは…!」


成功か!?

しかし、この見た目と味では、商品化は絶望的だろう。

それに、これを勝手に製造・販売したら、薬機法だか食品衛生法だかに抵触する可能性が高い。

錬金術による金策、法律の壁も厚いとは…。


結局、週末の実験は、これといった成果を上げられずに終わった。

錬金術師の副業探しは、前途多難である。


週明け。

少し憂鬱な気分で出社すると、自席で奇妙な視線を感じた。

隣の席の佐藤だ。

何やら、ジロジロとこちらを探るような目で見ている。


「なあ、山田」


「…なんだよ」


「お前さあ、最近なんかおかしくないか?」


「はあ? 別に普通だろ」


「いや、絶対なんかあるって。だって、急に仕事早くなったし、この前なんか部長に褒められてたじゃん。お前が部長に褒められるなんて、天変地異の前触れかと思ったぜ」


失礼なやつだ。

だが、佐藤の言うことも無理はない。

客観的に見れば、俺の変化は確かに不自然だろう。


「(うぐぐ…鋭いな、こいつ。まさか、俺がアルフレッド・フォン・ホーエンハイムであることを見抜いたというのか!? いや、それはないか…)」


「それに、なんか雰囲気も変わったっていうか…前はもっとこう、どんよりしてたのに、最近妙に自信ありげな時ないか?」


「き、気のせいだろ! 最近、早寝早起き心がけてるからかな! あと、自己啓発本とか読んでみたりしてさ!」


必死で取り繕う。

額に汗が滲む。

力を隠しながら日常生活を送るというのは、思った以上に神経を使うものだ。


「ふーん…まあ、いいけどさ。なんかヤバいことに手を出してなきゃいいけどな」


佐藤は、まだ疑っているような顔だったが、それ以上は追及してこなかった。

危ない、危ない。


(やはり、もっと慎重に行動せねばならんな。この力は、まだ誰にも知られてはならないのだ…)


そんなことを考えていると、ふわり、と良い香りがした。

見ると、田中さんがコーヒーカップを差し出してくれていた。


「山田くん、お疲れ様。これ、良かったらどうぞ」


「あ、田中さん! わざわざすみません、ありがとうございます!」


俺は、少しドキマギしながらコーヒーを受け取った。

田中さんは、ここ最近、何かと俺に声をかけてくれるようになった。

先日の資料探しの一件以来、明らかに好意的だ。


「ううん、気にしないで。山田くん、最近すごく頑張ってるみたいだから。見てると、私も頑張らなきゃって思うよ」


にこやかに微笑む田中さん。

か、可愛い…。

これが、現世で言うところの『フラグ』というやつなのだろうか!?


(ふ、ふふ…アルフレッドよ、見たか! この俺、山田太郎も、やればできるのだ! 魔法の力があれば、女性にもモテるのだぞ!)


内心でガッツポーズを決める。

金策は難航しているが、人間関係のほうは、少しずつ良い方向に進んでいるのかもしれない。


昼休み。

俺は気分転換に、ネットサーフィンをしていた。

錬金術の技術を活かせそうな情報はないかと、色々なサイトを見て回る。

ハンドメイドアクセサリーの販売サイト、特殊な金属加工を請け負う町工場のブログ、オーダーメイドのオブジェを製作するアーティストのページ…。


「ふむ…なるほどな。金の延べ棒を作るだけが錬金術じゃない、か」


この世界には、俺が持つような超常的な技術はなくとも、様々な形で「ものづくり」が行われ、それがビジネスになっている。

俺の技術も、やり方次第では、そういう市場で価値を発揮できるかもしれない。

例えば、オーダーメイドで特殊な金属アクセサリーを作るとか、現代科学では再現不可能な特殊合金を開発して提供するとか…。


さらに、古本屋で偶然手に取った冶金学の専門書が、思わぬヒントをくれた。

現代科学における金属の精錬技術や合金の理論。

それは、俺の前世の知識とは異なるアプローチだったが、共通する部分も多く、組み合わせることで新たな可能性が見えてきたのだ。


(そうか…この世界の法則に、俺の知識をアジャストさせればいいのか! 錬金術と現代科学の融合…!)


道が、少しだけ開けた気がした。

直接、金塊を錬成できなくとも、俺にしか作れない「何か」を生み出し、それを求める人に届けられれば、それが金になる。

時間も手間もかかるだろうが、その方が確実だし、何より…面白そうだ。


退勤後、俺は少しだけ遠回りをして、夜の街を歩いていた。

ショーウィンドウに飾られた、美しい宝飾品。

看板に書かれた「オーダーメイド承ります」の文字。

それらが、昼間とは違った意味を持って見えてくる。


「ふむ、金儲けも、人間関係も、一筋縄ではいかぬものよな。だが、それが面白い」


錬金術師としての力と、山田太郎としての人生。

この二つをどう融合させ、この現代日本で成り上がっていくか。

課題は山積みだが、不思議と気分は悪くなかった。

むしろ、ワクワクしている自分がいる。


「よし、決めた。まずは、俺にしか作れない『何か』の試作品を作ってみよう。そして、ネットでこっそり、その価値を問うてみるとしようか」


夜空を見上げ、俺は不敵な笑みを浮かべた。

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