第9話 チップの相場


「いらっしゃいませ!! 2名様ですね!!」


 賑わうお店は、一度でも満席だと断られるも、多めのチップを渡すと特別に席を用意してくれた。


文字ばかりのメニューでは、当然、彼女は注文できない。だが、セシルもまた初めて外で食事をする。参加してきたパーティでは、勝手に食べ物が来たものだが……


「……コメの料理があると聞いた。あとはそれに合うように持ってきてもらえるだろうか」


 そう言って銀貨を出す。


――これくらいで足りるだろうか……



「お任せ下さいませ、飲み物は先にお出し致しますか?」


 店員の満足そうな笑顔に、またもや多すぎたのかと反省する。


「あぁ、飲み物は度数の強くないものを……いや、果実水を頼む……」


 昨夜の夕食時、彼女はお酒を少し口に含むと、一瞬顔をしかめた。おそらく、アルコールが口に合わなかったのだろう。



 運ばれてきた料理は、まさに異国の料理感たっぷりのものだった。


 野菜を中心に肉をお酢で炒めたメイン料理に、皮で包まれた具材を蒸したものをのせた小皿が数種類並べられる。アリシアの前には、パンの代わりに、白いコメをスープで炊いたものが出され、その隣に、しなしなの野菜が添えられている。


――なんだ? あれは、もしや銀貨では不十分だったのか!? アリシアが異国の者だからと、あのような干からびた野菜のくずきれを出すとは……


 セシルが店員に声をかけようと立ち上がる。だが、リズは手を震えさせ、そのくずきれを口にする。


「無理して食べる必要はっ!!?」


 その表情は、幸せそのものを全身で感じているようだった。コリコリとした音を響かせ、一切れに対しておコメのスープを大きく口に入れる。音を立てているが、なぜかその心地よい音は、見ていてこちらもお腹がすいてくる。


「……」


 セシルの視線に気づいたリズは、少し恥ずかしそうに笑いながら、お皿を差し出す。


「食べても良いのか? ……っ、しょっぱいぞ?」


 顔をしかめるセシルに、リズは口元をおさえ笑っている。


「…………今のは、初めての笑顔だな」


「?」


 何度も微笑んできたが、それは友好的な意思表示にとれた。



「お客さん、もしかしたら和の国から来たのかしら? 以前そちらの方面から取り寄せたレシピで、ツケモノっていうのがあって、こちらの人には合わなかったメニューなんだけど、私は好きで個人的に漬けているのよ。お口に合ったようで嬉しいわ」


 そう言って、調理場から意外にも若い女性が出てくる。


「あぁ……とても気に入ったようだ、持ち帰れるものはあるだろうか?」


「あるわよ。でも、においがすごいから覚悟してね」


 そう言って、明るく笑う店主は、臭いがもれないよう、袋に重ねて包んでくれた。


「私はコカラよ。チップをはずんでくれるお客様も歓迎だけど、ツケモノを美味しく食べてくれる人はもっと大歓迎よ」


「……いや、あれは……」


「ふふっ、冗談よ。あれを受け入れるのには時間がかかるわ。それでも、持ち帰ってくれるのは、奥様を大事にしているのね。あなたもいい人だわ」


「美味しかった。ご馳走様」


 リズも頭を下げ、店主の方へかけよる。


「……ありがとうございます」


 小さな声だったがコカラはまた大きく笑う。


「あなた達、また来てくれたら次はもっとすごいの出せるのよ。絶対に来てね」



 そう言って、また忙しい厨房へと戻っていった。





 帰りの夜道は、先ほどよりも真っ暗になっている。セシルは隣に並ぶよう手で指さす。リズがそこに立つと、手を差し出し、隣に並ぶように歩く。


「…………」


「冷えるな」


 料理で温まった身体が冷えないよう、宿へと急ぐ。




「旦那、お帰りですか。お店良かったでしょう? あそこの店主は若いですが研究熱心で、異国の人向けに色んな料理を出してくれるって、お客さんたちにも評判なんですよ」


 宿の店主が自分のことのように自慢げに話す。


「あぁ、助かったよ……料理も美味しかったな」

 


「そうでしょう? おっと、失礼……今夜はゆっくり過ごせるようお部屋の掃除も済ませてますので」


「そうか……では、明日は早いので失礼する」


「えぇ、お楽しみくださいませ」


「?」


 店主の言い方が気になったが、そのままリズを部屋へと送る。


「なぁっ!!??」



 そこには、セシルの部屋にあった荷物と、ベッドが一部屋にまとめられ、ご丁寧に大きなシーツで1つのベッドになるようメイキングされているではないか。部屋にはろうそくが灯され、甘い香りがする。


「っ!?」


 リズは口元に手を置き、目を大きく見開いている。


「違うぞ!? 僕が頼んだわけでは……あっ、チップを渡した時に何かあちらが誤解を……ええっと……マチガイ!! ネマス!! チガウ!!」


「??????」


「〜〜〜〜っ」


 チップは多すぎてもダメなことを知ったセシルであった。



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