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    第1話への応援コメント

    考えさせられる作品でした。
    寛容のパラドックス…難しいですね
    多分人々が簡単にADHDやASDだと判断して切り捨てるのは楽だからでしょうが、当事者からすれば傷つく物です。
    正直、ADHDやASD自体が良くないみたいな感じの意見がありますが違うと思うんですよね。
    賛否両論あると思いますが、私はそういうものは個性の様なものだと捉えています。人の話を聞くのが苦手だったり、話すのが苦手だったりする様に。結局、そういうのを障害っていうのも人間が決めた物であり、分けたのも人間です。
    ADHDなど一つの名前として分けてますが、結局ADHDと診断されても全員が全く同じ症状が出るわけではないですし。
    多分ある程度の配慮が必要だってことでそういうふうに括ったのではないかと思いますが。
    最近ADHD診断などというものが流行ってるらしいですね。そう言うもので、人がそう言うものだと決めつけられて人から避けられたり、人が傷ついたりする。
    特に小学生などにそういうのが多いらしいですが、それはやはりSNSのせいではないかと思いますが。
    信用性もないのにおかしな話だと思います。
    私が考えるに、障害というものを個性として捉えるのが良いのではないかと個人的には考えています。ですが、個性だからという枠に当てはめてはいけないとも思います。
    友人にそういう人もいるのですが、話していて楽しいです。自分にはない新たな観点で物事を見ていて刺激を受けます。
    長文失礼しました。もし気にそぐわなければ消していただいても構わないので。
    作品ありがとうございます

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。今の小学生の間でそんなものが流行っているというのは驚きでした。SNSに制限を、という声も少しわかってしまうような気がしますね。
    ADHDという括りで病名が与えられているのは、決して怠惰などではない、という免罪符ではありませんが証明書のようになっている面もあるので、それを廃して個性と捉えてしまうのも難しいと思っております。さらに言うならば、個性と捉える、というのも「障害」を「障がい」と書くようないわば言葉遊びのようになってしまっているのではと感じています。個性と捉える、で本質を捉えられればいいですが、優しさを持つ人も、当事者でさえも、本質を掴みきれてないのが現状です。先天的な特性による生活の難しさ、これを伝えていくのは非常に難しいのかなと思います。
    反対意見を述べましたが、決して批判する意図があったわけではありません。その意見も素晴らしいモノですし、お互いの意見が尊重されるべきで、その上で個人の見解を述べさせていただきました。
    とても興味深い意見で、私の考えも深まりました。改めてコメントありがとうございます。