第22話『終壁崩壊』
勝負が始まって三十分。私の身体は随分と軽くなっていた。
「……ごほっ、ごほっ……」
喉から血が溢れる。腹には3――いや、5つの刺し傷ができている。切り傷も体中に付いており、内臓もすでにズタズタだろう。視界は白く濁り、遠くに転がる自分の左腕を映している。
(ああ、もう、抱きしめられませんね。グキン様)
「婆さん、強いな……イドメイだっけ? 俺が戦った中でもぶっちぎり。ぶっちぎりで楽しいよ」
セイバーは口の端を裂けるほど歪ませ、笑った。
私と違い、奴の身体にはあまり傷がついていない――そしてそれ以上に、奴の顔に疲労の色は無い。
「俺気づいてるんだぜ? まだ奥の手隠してんだろ? 早く出せよ――俺もストムガに仕事任せて、遊んでばっかいるわけにもいかないしさあ。そろそろあんた、殺さないといけないんだわ」
「――暴食の獣。東西南北四方の金槌。黒と白を撒く」
呪文を唱える傍ら、片手で、高速で印を結ぶ。
セイバーはそれを見ているだけだ――戦いが始まってからずっとそうだった。こいつは反撃以外で攻撃をしてこない。私の命を獲れた瞬間は数限りなくあったが、そのたびに奴は攻撃を止めた。
セイバー・ベーシカルは体力、力、速度。その全てで老いた私の全てを凌駕している。それに加え、豊富な剣技や老獪な戦術判断。
今の私に残された可能性は、奴の驕り昂ぶりを利用することだけだ。
「白雪の衣。命宿らぬ黄金の器。乾き砕けた栄華の欠片。泡立ち弾ける灼海を潜り、断罪し、林に眠り、泥に塗れる――大氷瀑の息吹よ。わが身を覆い、敵を滅せ」
私の身体に氷が纏わりついていく。次第に巨大な腕が、鎧が、大斧が、顔が、馬脚が、氷によって造られていく。
「すげえ! すげえよ、婆さん! テメエはマジで最高だ!」
「
私の姿は、今や別物だ。上半身は重兵装を纏った四つ腕単眼の騎士、下半身は鎧をまとった巨大な馬のようになっている。
かつてこの地上を駆けていたと言われる種族、ケンタウロスのような姿だ。
轟音。馬脚が大地を揺らす音。6mを超える巨体が、セイバーに向かって突撃する。
「
セイバーの斬撃が
「! まじか――――」
「死ね」
斧が、セイバーの剣とかち合う。拮抗。単純な膂力は
「
「嘘だろ!?」
拮抗。確かにそうだ。だが、
四本の腕が放った冷気の波動が、セイバーの身体を襲う。
「グググググ……グハッ!」
初めて、セイバーが口から血反吐を吐いた。間違いなく効いている。体中が凍え、戦闘能力も大幅に下がっている。
殺せる。
「これで――――」
「
それは一瞬のことだった。セイバーが剣を引き、構え、
支えを失った斧が、セイバーの身体を叩き斬るよりも速く、セイバーはそのようなことをした。
そして――それでしまいだった。
まず、斧が砕けた。次に
氷の瓦礫が白い光を反射しながら崩れ落ちていく。私の視界は揺れ、頭が後ろへ倒れそうになる。
「……う、そ……」
口から赤い泡が溢れた。氷と血が混じり合い、鉄の匂いが鼻腔を満たす。
セイバーは、低い声で笑っていた。氷片を踏みしめながら、剣を軽く肩に乗せる。
「グググググ。最高だよ婆さん……でも、俺の勝ちだな。俺のスキル【飛影眼】、あらゆるものの急所を把握できる――サクッと殺せると思ったんだけどなあ」
身体が、もう動かない。
「……グキン……様……」
唇が凍える。声は震え、血が混ざって言葉が途切れる。それでも呼んだ。
「なぁ、婆さん」
セイバーが目の前にしゃがみこんだ。笑みを崩さないまま、私の頬に剣の切っ先を当てる。
「最後に一個だけ、おしえてくれないか? どうしてそこまで戦えた? どうしてそこまでボロボロになってんのに、まだ殺そうとした?」
「……貴様と話すことなど、ない!」
「……そうかぁ」
そのまま、剣が私の胸を貫いた。
「――――ッ」
熱と冷たさが同時に押し寄せ、世界の色がどす黒く滲んでいく。これが、死なのか。
「婆さん、マジで最高だったよ」
セイバーの声が、遠くなる。記憶が、次々と流れ込んでくる。
奴隷に売られていたところをハヤト様に拾ってもらった。
世界を巡って旅をして、敵を討った。
ハヤト様に、選ばれなかった。
赤子のグキン様を抱きしめた。
グキン様と稽古をした。
グキン様にアイスを作った。
グキン様と寝室を共にした。
(ああ、グキン様――私は、貴方様を――)
結局、伝えはしなかった。汚らわしい元奴隷と、王家の血を継ぐ者が結ばれることは無いのだから。
それでも、心の中では、ずっと思っていた。
(愛、して――)
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