第20話『水ほとばしる王の都』
「『聞こえますかみなさん』」
現場に到着した俺達の脳内に、透き通った声が響く。ヒルリアの【思念通信】だ。
「『まず一つ、ロポッサ地区周辺の避難は既に終わりました。生存者は全員安全な地点へと避難してあります! 現在ロポッサ地区から半径6㎞以内に住人は一人もいません。またこの思念通信による司令は先程合流したプライド王軍総帥であるラーロ・ジャガー・プライド姫様からの指揮を私が代弁している形となります!』」
「能書きはどうでもいい! 作戦はどんなだヒルリア!」
「『まず、ハードルト様が――来ます! 避難を!』
「歯をくいしばれ!」
ハードルトが叫ぶや否や、とてつもない慣性が俺の身体を襲った。
体が竜巻に吹き飛ばされたような感覚。強い風魔法に吹き飛ばされた時の感覚に丁度似ている。
「ぐぼっううっっ……ぷはっ、はあ、はあ……大丈夫かリペル!」
心配した通り、リペルは失神していた。こいつの身体は弱い。こんな無茶な慣性に耐えられるわけがなかった。
「ハードルト。速度を――」
「吾輩とて死にたくはない。落としはせんぞ!」
「『二波来ます! ワイバーン部隊はなんとか赤松の陣を!』」
「無茶を言う……!」
天地がひっくり返る。いや、天地ではない、ワイバーンの飛び方がさかさまになったのだ。
上下、左右、天衣無縫にワイバーンは空を飛んでいく。徐々に俺もその回転や加速に慣れ――戦場の地獄が、鮮明に分かるようになっていく。
最初に居たワイバーン部隊は気づいたころには、もう二十人も消えていた。誰もかれもが精鋭のはずだ。五年、十年、空中戦闘の腕だけを磨いてきた男たちだ。
「おい! 避けろ!」
視界に写ったワイバーンライダーが、次の瞬間に空を走る巨大な水弾に壊されていく。
通常、水魔法は攻撃性能が高い魔法ではない。高い防御力や応用性、変則軌道などに優れる魔法で、殺傷能力は炎魔法や雷魔法に劣る。
だがこの水弾はワイバーンや屈強な兵士を一撃で葬り去るほどの質量と魔力を備えている。
水属性特有の変則軌道も失われておらず、むしろ通常の水魔法よりもよく曲がっている。
考えうる限り完全無欠の、非の打ち所のない恐ろしい魔法だ。
「せめて雨さえなけりゃ、制度も悪くなるし、火力も弾数もずいぶん減るはずなのに……おいハードルト! 大丈夫なんだろうな!?」
「貴様! ここから落とし、殺してやろうか!」
「お、おい! 前見ろ!」
それは一瞬のことだった。俺達の進路を見通しているかのように、水弾が空を塞いでいる。
避けられない。
「くそっ!
「『やめてください!』」
俺が技を使おうとしたとき――俺達三人とワイバーンを飲み込むには十分な水弾を、さらにその五倍は大きい蒼い炎が飲み込んだ。
蒼い炎。これを使えるのは、世界でたった一人だ。
「セーレ……!」
「『
「貴様らぁ! 姫様とセーレの助力だ。この弾道に入り、赤松の陣。そして青藤の陣と侘助の陣を組め!」
ワイバーン兵たちは一糸乱れぬ動きで、炎の跡に入り込む。俺達が入るのは最後だった。
体がひりひりとする感覚が俺を襲う。
「リペル!」
「きゃぁああああ!」
リペルは跳ね起きて、叫ぶ。体に馴染まないセーレの魔力が身体を蝕んでいるのだ。魔力の物量で無理やり魔力を弾いている俺はともかく、リペルは魔力も少ないし直前まで寝ていた。身体に過剰で不要なエネルギーが、本来エネルギーを輩出するところから無理やり注ぎ込まれているような感覚だろう。
「おちつけリペル! 魔力を出してセーレの魔力を押し出すんだ。浅く、強く呼吸をして体全体をポンプみたいに」
「はあ、はあ、はあ――な、なんとか――」
「出るぞ!」
リペルが魔力に慣れた丁度その時、俺達はセーレの道から抜け出す。
俺達の前方に、猪突猛進している若いワイバーン兵が見えた。
「おいまて!」
「よくも俺の親友を……! 喰らえ、空裂突!」
ワイバーン兵はその身と槍、そしてワイバーンを一体と化し、まるで稲妻のごとき速度で空を走る。水弾を全て避け、ワイバーン兵はストムガの首に槍を――。
「なんて……なんて哀れなのだ」
突き刺さらなかった。槍は、ストムガの鱗──にすら通らず、その手前で止まっていた。
「その程度の力で雨天を晴らそうなどという無謀。傲慢。その無知が儂に涙をもたらすと言うのだ……」
目を凝らすと槍は空中で止められているわけではない。ストムガに膨大な水が纏わりついて、それに刺さり止められているのだ。
その水が回転し、槍からワイバーン兵の腕へ、伝う。
水が暴れ、兵の手をズタズタに削っていく。
「うわあぁ!」
「馬鹿野郎! 逃げろ!」
俺たちは急加速して近づき兵を掴んで、ワイバーンごとストムガから離した。兵士の両腕には多くの穴が空いている。少なくとも、今この戦場で戦うことはできないだろう。
「死ね!」
逃げる前にストムガヘ一太刀入れてみたが、切れない。厚く堅い水の装甲のせいで鱗の表面に傷すら付けられない。
「クソッ! 化物が……!」
「ふむ……これは、スキルか……?」
「む、これは……!」
ハードルトとストムガが意味深な反応をしたところで、脳に声が響く。
「『ステイン、リペルさん! 僥倖です! リペルさんが接近していた僅かの間で、空を覆う雲量が4%減りました!』」
「ってことは!」
「『奴のスキルは雨を降らせる物。シフネの計算によれば、今から二分【スキル無効】を浴びせれば雨は止む計算です!』」
雨が止めば奴の装甲も薄くなるし維持も難しくなる。ワイバーン兵やセーレの力を借りれば攻撃を通すことも現実的になるはずだ。だが。
「今から二分か……」
この怪物の目と鼻の先でそれほど長い時を稼ぐことができるだろうか。
怪物は唸る。
「さあ愚かなる者どもよ。儂の嘆きを喰らうが良い」
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