第42話 同級生のオタク女子を飼育するには?

 体育祭であおいを戦犯(※誤用)にしない為に費やした期間は、私の母性をゴリゴリに刺激した。そして母性を超えて父性にまで至ろうとしていたところで体育祭が終了。行き場を無くした母性だか父性だかは、私の思考を危険な領域まで導こうとしていた。


 葵を飼いたいなぁ……。


 多分、何不自由もない生活をさせてあげられると思う。葵に毎日三食ご飯をあげて、お菓子が食べたいと言えば買いに行き、したい時に勉強をさせて、したい時にゲームをさせて、眠たい時に寝させてあげて、話したい時に一緒に話す。そういうものに私はなりたい。


 どうしたら葵を飼えるのだろう。まず葵のパパとママをどう説得するかが重要だ。ちょっと長めのお泊まりってことに出来ないだろうか。葵本人は…… 土下座して頼めばなんとかなるかもしれない。


 放課後、私の部屋でゲームをする葵の背中を見ながら、そんなことを考えていた。


「はいみーちゃん、やってみて」


 制服姿で床に座ってゲームをしていた葵が、膝に置いていたアケコンを私に渡す。体育祭が終わってここ最近、私と葵は放課後に、どちらかの家に行って格ゲーの練習をしていた。葵と一緒に出る予定の大会が、そろそろ近づいてきているのだ。


 受け取ったアケコンで、さっきまで葵がお手本を見せてくれていたコンボを練習する。何回かやって、出来るようになった。


「みーちゃんすごい! 天才! なかなかできることじゃないよ」


 少しでも上達すると、葵がいっぱい褒めてくれる。でも今は違うんだ! 褒められるのは嬉しいけど、どちらかといえば褒めたい日なんだ! いっぱいよしよししたい。あと散歩にも連れて行ってあげたい。


「ねぇ葵」

「ん? なに? 何か分からないコンボとかあった?」

「私のペットにならない?」

「それは…… どういう……」


 直接聞いてみた。面白いリアクションだった。


 ドン引きする訳でもなく、どうにかして話の脈絡を掴もうとするような表情だ。「自分が知らないだけで、ひょっとしたらこういうギャグが流行っているのかもしれない」とでも言うように、私の真意をうかがう顔。いきなり「ペットにならない?」って言われたら、人ってこういう反応をするんだ。


「だからこのまま私の部屋で飼われないかってことなんだけど」

「えっと、あの……」

「お願いお願いお願いお願い!」

「うーん……」

「お願いお願いお願いお願いお願いお願い!」

「まぁ、ちょっとだけなら……」


 ちょっとだけ飼われるってどういうことなんだろう。葵は変なことを言う。今日だけはOKってことなのだろうか。


「じゃあ今から葵は語尾に『にゃん』ってつけて、私にゲーム教えて」

「無理無理無理! 絶対無理!」

「なんで?」

「自分が語尾に『にゃん』とかつけて喋ってる姿を想像しただけで鳥肌が立つから、絶対やりたくないにゃん」

「ぷふっ……」


 ちょっと笑ってしまった。葵、やるようになったじゃないか。でもフリとオチのギャグに逃げたとも言える。


 なんか葵って、あまり女の子女の子したことをやってくれない。そういえば学園祭でも、葵の仮装は結局見れなかった。普段の私服もそうだ。今みたいな制服姿が、葵にとって相対的に可愛いゲージMAXの状態だった。葵がスカートを履くのなんて、制服の時くらいだ。


 多分、自分が「可愛い」みたいな感じで見られるのが苦手というか、慣れていないのだろう。オタク特有のやつだ。いつもアニメとか漫画とかラノベとかのキャラに可愛い可愛い言ってる癖に、いざ自分がそう見られると、なんか拒否反応を示してしまうのだ。


「葵可愛い! もう一回にゃんって言って!」

「え、まだやるの?」

「だって可愛いから! 可愛いにゃん!」

「…… 可愛くないって」

「可愛い可愛い可愛い可愛い!」

「…… そんなこと言ったらみーちゃんの方が可愛いと思うけど」


 嬉しいけど、今はそういうのはいらない。「○○ちゃんの方が可愛いよ」待ちではない。私の「可愛い」だけを一方的に享受して欲しい。もっとガチっぽく言わないと伝わらないか。


「まぁ実際に葵は普通に可愛いと思うよ」

「え、そんなことは……」

「いやいやガチで。顔小さいし、あと顎のラインとか綺麗だよね」

「うーん……」


 ガチっぽい褒め方に、葵はどう反応するべきか悩んでいるようだ。「実際に」とか「普通に」とかつければ、どんな褒め言葉もガチっぽくなる説。実際に葵は普通に可愛いし。


 ちなみにこんな会話をしている間も、私はちゃんと格ゲーの練習をしていた。こんな訳の分からない会話をしている時であっても、葵の好きなものをないがしろには出来ない。でもトレーニングモードで反復練習をするだけなので、残りの脳のリソースを使って私は葵にダル絡みをしていた。


「じゃあ『にゃん』は言わなくていいから、ちょっと違う服に着替えて欲しいなって言ったら、困る?」

「えー、うーん…… それくらいなら」


 ドア・イン・ザ・フェイス。大きい要求を断らせて、その後に小さい要求を飲ませる交渉テクニックだ。でもこの場合、「にゃん」と「コスプレ」のどっちが大きい要求なのかはわからないので、ドア・イン・ザ・フェイスでもなんでもない。だけどそれはともかく、葵がコスプレをしてくれることになった。


…………

……


「すごい葵! めっちゃ似合ってる」

「えへへ…… えへ……」


 学園祭で結愛ゆあに貸したメイド服を、葵に着せてみた。正直なところ、微妙だった。似合ってないとかじゃなくて、あまりにもメイド服が安っぽ過ぎた。これは私の私物ではあるが、完全に学園祭のためだけに買ったやっすいやつだ。


 でも葵がひらひらのスカートを履くってだけで価値があると思ったので、そのまま着ていてもらうことにした。なんかまんざらでもなさそうだし。


「あ、猫耳カチューシャもあるけどつける? あと写メ撮っていい?」

「……うん」


 フット・イン・ザ・ドア。一度相手の要求を飲んだら、一つや二つ要求が増えても別にいいかって思ってしまう心理を利用した交渉術だ。本当は小さな要求から徐々に吊り上げていくのだけど、細かいことはいい。ところで「猫耳メイド」とかいうよくわからない存在は、いつ生まれたんだろうね。でじこ?


「ちょっとみーちゃん…… なんでそんな下から撮るの?」

「いやこの方が盛れるから」


 ローアングラー。コスプレイヤーなどを下から撮影するカメラマンのことを指す。私はほとんど地面に寝そべるようにして、メイド服を着て立っている葵を撮影しようとしていた。


 よくローアングラーは「パンツを撮ろうとする人」みたいに思われることが多いが、(もちろんそういう人もいるかもしれないけど)そうではない。実は下から撮影するというのは、被写体のプロポーションを“盛る”ためのテクニックなのだ。遠近法を利用して、脚を長く顔を小さく見せるのが本当の狙いだ。


「どう? 結構上手く撮れたと思うけど」

「うーん…… やっぱり柳瀬さんと比べるとちょっと……」


 学園祭でずっと結愛が着ていた衣装だから、どうしても比べてしまうようだった。ローアングルでどう頑張っても結愛みたいなプロポーションにはならないけど、葵のメイド服はこれはこれで違った魅力があると思うんだけどなぁ。


「みーちゃんも何か着てみない?」

「私? まぁいいけど」


 葵がコスプレの楽しさに少し目覚めたようだった。ただ葵の要求には応えてあげたいけど、コスプレっぽい衣装が無い。私はオタクだけど、コスプレ文化にはほとんど触れてこなかった。それにオタクに優しいギャルがコスプレをしたら、もうそれは別の作品になってしまいそうだ。


 ちなみに葵には私がオタクであることを隠しているので、オタクグッズは段ボールに入れて別の部屋に移していた。なのでこの部屋にはそもそも、オタクっぽいアイテムすら存在しない。メイド服と猫耳はオタクグッズではなく、学園祭で使った備品だから部屋にあるだけだ。そうなると選択肢は一つしかなかった。


「やっぱりみーちゃんのチアガール、すごい似合ってるね……」

「でしょ?」


 体育祭で着た、微妙なクオリティのチアガール姿になってみた。スカートは各自で洗ってから学校に返すので、一度自宅に持ち帰っていたのだった。


「あの…… わたしも写真撮っていい?」

「もちろんいいよ!」

「じゃあ、はいチーズ」

「ちょっと待って。ちゃんと下から撮って」

「あ、はい」


 ちゃんと盛れる角度とライティングを細かく指定して、葵に撮ってもらう。ただでさえ画質が微妙なガラケーなんだ。出来る限り盛ってくれないと困る。


…………

……


 ちょっとした撮影会の後、すぐに格ゲーの練習に戻る私と葵。メイド服姿の葵に応援してもらいながら格ゲーを練習して、休憩の時はチアリーダー姿の私が葵を甘やかしていた。


「ねぇみーちゃん。これ逆じゃない?」


 逆だったかもしれねェ……。でも葵をペットにしたいっていう私の歪んだ欲求がそもそもの始まりなので、これでいいんだ。


「はいお菓子。あーんして」

「……うん」

「そうだ! 膝枕してあげよっか!」

「…………うん」


 なんだか最近の葵は、こういうちょっとしたスキンシップで、少し躊躇するような表情を見せるようになってきた。なんでだろう。あーんも膝枕も、これまで散々やってきたことだ。こういうのってむしろ慣れていくものだと思うのだけど、どうなんだろう。もしかしていい加減ウザくなってきたとか……。


 恐る恐るといった風に、葵が私の膝に頭を乗せる。試しに頭を撫でてみると、葵の体が少しこわばるのを感じた。え、なにそのビクビクした反応。少し傷つくんだけど……。


「ねぇ葵、もしかしてこういうことするの、ちょっと嫌だったりする?」

「え!? いや全然! そんなことないよ!」


 私は直接聞いた方が話が早いことは直接聞くタイプなので聞いてみたけど、これは…… どっちだ? 言葉通り嫌じゃないって思ってるのかもしれないし、私に合わせているだけなのかもしれないし。


 まぁそこまで嫌じゃないってことは本当っぽいから、このことは今は保留でいいか。そんなことより膝の上の葵を撫でていると、本当にペットになったみたいで楽しい。まぁ支配欲っていうより、行き場のなくなった母性だか父性だかをぶつけたいだけだから、「ペットにしたい」っていうのも少し違うのだけど。


「ん? 葵?」


 気が付いたら、膝の上の葵が寝息を立てていた。なんだかんだでリラックスしてくれたのだろうか。だとしたらすごく嬉しい。


 でもそろそろ帰宅した方が良い時間だし、起こさなくては。どう起こそうか考えながら、取り敢えず葵の寝顔を撮るために、私はスマホをどこに置いたか探すのだった。

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