第35話 とにかくなんもない日を過ごすギャル

 ハレとケ。イベントがあれば、なんもない日もあるということだ。


 高校生の日々は、実はかなり目まぐるしい。学園祭が終わったと思ったら、またすぐに体育祭がやってくる。その後には中間考査で、期末考査もあって、球技大会があって……。この分だと、あっという間に二学期も終わってしまいそうだ。


 だから今日は、なんもない日にしたかった。毎日が毎日イベントだと、さすがに疲れてしまう。普通の女子高生の平日を過ごしたい。


 台風が接近中ということで、普段より風が強い中を登校して、朝の教室。強風で終わった髪を必死に整えながら、結愛ゆあや委員長とかと自分の席で喋りつつ、あおいを待つ。いつもの、平均的な朝の時間だ。


 やがて葵が登校すると、私は席を立って葵の元へ行く。結愛や委員長は、ついて来たり来なかったり。今日はあまり動きたくない気分のようなので、私だけが葵の席まで朝の挨拶をしに行った。


「葵おはよー! 髪やばいね。とかしてあげよっか」

「ありがとう…… あ、みーちゃんこれ持ってきたよ。神のみ」


 そう言って葵が取り出したのは、「神のみぞ知るセカイ」という漫画。今年(2010年)の秋からアニメが始まるので、予習のために貸してくれるそうだった。


 これは葵にエロゲをプレイしてもらいたい自分にとっては、良い流れだ。「神のみ」はギャルゲーガチ勢の主人公が、リアルでヒロインを“攻略”していくお話。この世界の葵は、既にシュタゲの原作もプレイしているようだし、「神のみ」の影響でエロゲに手を出す可能性も無きにしも非ずだ。


「あの、みーちゃん……」

「ん? なに?」

「あ、いや、やっぱなんでもないです……」


 絶対なんでもなくないやつだと思った。なんだろう。あまり深刻な話とかじゃなければいいけど。


 まぁ葵が「なんでもない」って言うなら、私は待つしかない。私は気にせず葵の髪をとかしながら、授業が始まるギリギリまでおしゃべりをした。葵と話すのは、私にとって憩いの時間だ。こうして朝から葵を摂取することで、薄暗くて風が強い曇りの日も、元気に乗り切ることが出来るのだった。


…………

……


 こんななんでもない日でも、次のイベントの準備は着々と進められている。体育の授業ではここ最近、来たる体育祭に向けて競技の練習が行われていた。


 今日は「大縄跳び」という、連帯責任を学ぶための恐ろしい競技の練習。私と結愛、葵は、体育館の隅っこで休憩しながら、合同で授業を受けている8組の生徒たちがぴょんぴょんするのをぼーっと見ていた。


「ねぇ結愛、私、脚フェチに目覚めたかもしれん」

「そうか」


 性癖のデパート状態になりつつある私の、今一番ホットなトピックは“脚”だった。脚の形って人によって千差万別で、それってその人がどう歩いてきたかで形作られる。つまりその人の人生の足跡が、脚の形に表れているってことになる。そう考えたら、他人の脚の形にちょっと興味が出てきたのだった。


「じゃあこの中で一番美樹みきの理想に近い脚って誰?」


 興味が無い話題でも、一旦はちゃんと転がしてくれる結愛はやっぱりいいやつだと思った。しかし理想の脚か……。


 多分一般的に美脚と言われているのは、結愛みたいな脚だろう。単純に膝から足首までが長くて、引き締まってる感じの。ただ私の理想とはちょっと違った。


 ちなみにここで評価対象となっているのは、膝から下だ。何故なら私は太ももが好きな人を、脚フェチだとは認めていないからである。真の脚フェチは“膝から下”を見る。そんな私から見て、この体育館で一番の脚は……、


「バドミントン部の竹村たけむらさんかなぁ」

「ふーん」


 大事なのは、筋肉の位置だ。私の中で理想の脚は、ふくらはぎの筋肉の位置が、上の方にある脚だった。伝わるかどうかわからないけど、ふくらはぎの上の部分が筋肉でもこってなってて、足首にかけて急激に細くなる感じの。「ARMS」のホワイトラビットみたいな脚だ。


 その点、結愛はちょっと細すぎる。そして葵も、大好きな葵から生えているから愛おしく見える時もあるが、それを差し引いて脚単体として見たら、ちょっと子供っぽい脚だ。筋肉量では委員長が理想に近いが、筋肉の位置がやや下。その方がすらっとして見えるかもしれないけど、私としてはメリハリがあった方が好きだった。


 結愛にそんな感じで力説すると、


「それって脚フェチってより、筋肉フェチなんじゃね?」


 いやそんな訳は…… そうなのか? なんか深いことを考えていそうで、実はなんも考えていない結愛にしては、鋭い指摘をする。どう反論しようか考えを巡らせる私に、結愛は続けて、


「自分の脚はどうなの?」


 私の脚か。自分で言うのもあれだけど、この3人の中だと異性へのウケは一番良さそうな脚だと思う。だけど私の理想って意味では、圧倒的に筋肉が足りない。脚の価値は、下腿三頭筋の“キレ”で決まると思っている。


「うーん私の脚は、ちょっとぶよぶよし過ぎかなぁ」

「そんなことは…… わたしはみーちゃんの脚、結構好きだけど……」

「そう? ありがとー」


 葵が気を遣ってフォローを入れてくれる。でも違うんだ葵。今のは「そんなことないよ」待ちの自虐じゃないんだ。


 でも、じゃあこの話はそもそもなんなのかと言われると、別になんもない。なんもない日の、なんもない雑談だ。外の強い風に時折体育館の窓がガタガタいうのを聞きながら、私たちはオチも何もない話を続けた。


…………

……


 昼休み。お弁当を忘れた葵に付き合って、学食でお昼ご飯を食べていると、委員長が相席してきた。委員長はもうご飯は食べ終わっており、単純に私たちに用があったらしい。その用というのが、


「アイドルの握手会ってどうやったら参加出来るのかしら」


 どうやら委員長のアイドルブームは、まだ続いているようだった。彼女のマイブームとしては、かなり続いている方だと思う。でも私は、アイドルについての知識はほとんど無いタイプのオタクだった。なので私は素直に知らないと告げると、


「そうよね…… 葵さんは?」

「わたしも、リアルアイドルはちょっと……」


 AKB48の「ヘビーローテーション」が流行り始めた時代。硬派なオタクであることを自負する人たちの中には、逆にAKBを知らないことがオタクとしてのステータスだと思っている層がちょいちょいいた。そして私も葵も、そのタイプのオタクだった。


 アイドル? 知らん。でもアイマスとPerfumeはOKです。みたいなスタンス。葵の「リアルアイドル」って言い方が、まさしくそんな感じだ。


「まさか葵さんも知らないなんて…… どうしようかしら」


 珍しくしゅんとする委員長。多分だけど、委員長は握手会に一緒に行ってくれる友人を探しているだけなのかもしれない。いくら2010年のインターネットでも、握手会の参加方法なんて調べればすぐ出てくる。だから本当に聞きたいのは、握手会の参加方法じゃなくて、


「わかった。じゃあ私が調べておくね!」

「ありがとう美樹さん! 頼もしいわ!」


 暗に一緒に参加してもいいよって旨を、委員長に伝えたつもりだ。葵も参加するかどうかは…… 後で聞いてみよう。


…………

……


 なんもない日が終わって、あっという間に下校の時間になる。でも実のところ、今日は本当になんもない日って訳でもなくて、台風が接近中なので強制下校ってことになった。時折雨が降ったりやんだりしながら、強風の吹き荒れる外の景色を、私は昇降口から一人で見ていた。


「ごめんみーちゃん! お待たせ!」


 息を切らしながら、葵が走ってくる。私は教室に忘れ物をした葵を待っていたのだった。なんもない日が0点だとして、強風の中を帰らなきゃいけないってことでマイナス。でも葵と一緒に帰る放課後があれば、それだけで一日のプラスマイナスはプラスになる。だから私はいつだって、喜んで葵を待つ。


 全生徒の一斉下校なので、昇降口にはもうほとんど人がいなくなっていた。雨がやむタイミングをうかがっていると、ローファーに履き替えた葵が私の隣に並ぶ。今日の体育の時に使ったのかもしれない、制汗スプレーの匂いが少しした。


「じゃあ、帰ろっか。相合傘でもする?」


 私がちょっとからかうように言うと、葵はどこかもじもじしながら、


「みーちゃん、ちょっと待って。あの、実はみーちゃんに話したいことがあって……」


 なんだろう。今じゃないといけないことなのだろうか。見ると、葵は周りをきょろきょろして、他の生徒が来ないか気にしているようだった。そしてそんな様子を見て、私はあることを直感していた。


 これ、もしかして告られるんじゃね?


 もしそうだったらどうしよう。葵のことは大好きだけど、でもどう頑張っても、私は同性を恋愛対象としては見れない。それでも付き合うか? 葵のために。葵が毎日楽しく過ごせるなら、それでも全然良い気がするけど、どうなんだろう。私が一人で悶々と考えていると、葵は意を決したような表情で、


「みーちゃん、わたしと一緒に! 格ゲーの大会に出て欲しいの!」

「いいよ!……え? なんて?」


 思ってたのと違った。告白されたらどうしようとか考えてたのが恥ずかしい。


「格ゲーの大会?」

「うん。あの、詳しいことは後で説明するけど」

「あーね。まぁ出てもいいけど。そっか格ゲーの大会かぁ」


 それ、こんな意味深な感じで言う必要あったか? いや、葵にとっては一大決心が必要なくらいのお願いだったのかもしれないが、それにしても……。葵は何も悪くないけどそれはそれとして、腹いせに葵の脇腹辺りを少しだけくすぐった。


 むやみに葵を笑わせたことで気が晴れたので、今度こそ葵と一緒に家路につく。しかしちょっと葵に告白されるみたいな雰囲気になっただけで、あそこまで自分がうろたえるとは思わなかった。表情には出ていなかったと思うけど。


 強い風の中、吹っ飛ばされそうになりながら頑張って進む葵を見て、本当になんもない日なんて存在しないのではないか、と私は思った。

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