第3話

宮本隼人は、最近の桐谷教授の様子が気になっていた。

普段はどこか枯れた雰囲気で、淡々と講義をこなしていたはずの彼が、ここ数日、やけに熱のこもった目でキャンパスを歩いている。

講義後もそそくさと帰らず、資料室に長居し、時折なにかをぶつぶつとつぶやいているのを見た。

(あんなにめんどくさそうだった教授が、今更研究に目覚めた?)


興味本位で、宮本は後をつけた。

その日、教授はまた図書館の奥の閲覧席に向かっていた。数メートル離れて尾行し、柱の影からそっと様子をうかがうと、教授の前にランドセルではないショルダーバッグを持った少年が座っていた。


(・・・誰だ、あのガキ)

耳を澄ませると、二人は真剣な顔で何かを語り合っている。宮本は図書館の仕切り棚の影に身を寄せた。

教授の声が低く漏れる。

「・・・その話、論文にしてもいいかな?」

論文。宮本の脳内で、その言葉が強く反響した。教授が書こうとしているのは、あの少年の話をもとにした論文。なぜ?どんな内容?だが、それよりも先に、一つの答えが浮かんでしまう。

(俺がそれを貰ったら?)

卒論のテーマに悩んでいた。ゼミでは他の学生たちが、もっともらしいテーマをでっち上げている。自分はまだ何も書き始めていない。

でも、あの子供の語りが本当に面白く、教授が論文にしようとしているほどのネタなら―

(先に俺が卒論で出せばどうなる?)

教授に見つかるリスクはある。けれど、仮にこの話がまだ表に出ていなければ、証拠もなく、彼はただの被害者の妄想にしか見えないだろう。そして何より―心のどこかで子供に嫉妬している自分がいた。

(なんであんなガキの言葉に、教授はむちゅうになってんだよ・・・。)

宮本は携帯の録音アプリをそっと起動し、机の近くに忍ばせた。

これで、素材は手に入る。

あとは、どう使うかだ。

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