ハザードバス
仁子伊里
一章 しょうがない儀式
「本日も城ヶ内タウンバスをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。午前中は良い天気が続きますが、午後からはにわか雨の予報も出ておりますので、お気を付けくださいませ。次は、城ヶ内テレビ局前。城ヶ内テレビ局前」
聞いたことがない丁寧な車内放送のおかげで、俺は夢から目覚めることが出来た。正体がバレてしまうのではないかという心配もあったが、何よりもテレビ初出演ということもあり、昨日は緊張して眠れなかったのだ。
バスの揺れが大きく、運転も丁寧で心地よい揺れ加減。眠気を誘われるには十分すぎる空間だった。ICカードをかざしてバスから降りようとすると、運転手がにこやかに話しかけてくる。
「お仕事頑張ってくださいね。行ってらっしゃい」
俺は運転手に軽く会釈して、そそくさとバスを降りる。車内放送といい、今の挨拶といい、あの運転手は随分と人柄がいい。日本では珍しい人種な為、驚いて逃げる形になってしまったが、なんだか背中を押された気分になり、足取りは少しだけ軽くなった。
「果たして本当に呪われた少女を救うことが出来るのか! 本日は生中継のこの場で、本物の霊媒師の方に除霊していただきたいと思います。お越しいただいたのは、こちらのお三方です!」
司会の芸人がこちらを指すと、カメラもそれに倣いひな壇の方に振り向く。司会者に順番に紹介され、一言ずつコメントを言うと、すぐにコマーシャルに入った。間髪入れずにスタッフが近寄って来て、自称霊能者を名乗る俺たち三人に向けてその後の流れを説明される。
「シーエムが明けたらいよいよ出番ですので、誰が除霊をするのか決めて頂きたいんですけど、どなたにされますか?」
俺たち三人は顔を向き合わせ、緊張を走らせた。とはいっても、俺以外の二人はこの業界が長いそうで、こういう時の誤魔化し方にも慣れているだろう。
「どうしましょうか。儂でも構いませんが、ここは若いお二人のどちらかの方が、テレビ的には良いんじゃないでしょうか」
ハゲきった頭、無駄にもじゃもじゃな髭。この爺さんならこんな窮地は幾度となく乗り越えてきたのだろう、余裕が違う。
「若いと言っても私ももう五十は過ぎていますから。それで言えば、片名(かたな)さんはまだまだお若いですし、若者にも人気でしょう? どうです、ここはひとつ、爺どもの身体を労わって一肌脱いではくれませんか」
白髪オールバックにグラサン、おまけにオーダーメイドらしき黒スーツ。こちらもやり手なのだろう。軽やかに避けてこちらに受け流してきた。まあ、こうなることは想定済みだ。突然出てきた新米ということもあり、界隈での俺の評判は良くないと聞いている。やってやろうではないか。
「勿論です。お二人にそう言われてしまったら、断る理由がありませんからね。私がやらせてもらいますよ」
スタッフに向けて今朝の運転手ばりににこやかに言うと、事務連絡だけを言い残して立ち去られてしまった。今更ながら悪いことをしてしまったと悔いる。
「それでは本番まで! 5・4・3……」
残りの数字を指で示し、その合図で司会者が喋り出す。
「さあ! とうとう除霊の準備が整ったようです! 今回除霊をしていただくのは、突如現れた超新星霊能者、若者の中で話題の片名俊(すぐる)先生です!」
カメラが俺の方に向き、スタッフからカンペで一言と指示が出される。リベンジだ。俺はもう一度今朝の運転手に倣って、渾身の笑顔をカメラにお見舞いした。
「必ずや少女を悪霊の魔の手から救ってみせます」
「なんと心強い! それでは早速、片名先生、こちらにお願いします」
司会者に促され、俺はひな壇を降りてセットの中央に移動する。
「それではついに、少女とご対面です! 暴れてしまう為、安全に考慮して拘束しています」
セットの奥から車椅子に縛り付けられた少女が現れた。少女はもがき苦しむように、体の自由が利く部分を全力で動かして暴れている。その様子を見て、スタジオにいた女性タレントがお手本のような驚きの声を漏らす。
「さあ、どうでしょう片名先生。この少女には、どのような霊が取り憑いていますか?」
いきなりの無茶ぶりに、除霊の儀式だけをすればいいと思っていた俺は、一瞬言葉を詰まらせてしまう。しかし、その一瞬の動揺すらも演出に変えられてしまうこの業界は、なんとも商売のやりやすいことだ。
「これは…… とても強力な霊が取り憑いていますね。おそらく南西部に生息しているチベットスナギツネの霊ですね」
「なんと! 取り憑いている霊の種類まで言い当ててしまいました片名先生! 噂に留まらず、その実力も本物なのでしょうか! それでは片名先生、除霊をお願いいたします」
「はい」
俺は司会者に促されつつ、少し間を開けてから少女に近づく。まずはどのような除霊方法が有効なのかを調べる、ふりをして時間を稼ぎ、その間にこの状況の切り抜け方を見つけ出すしかない。
そうして少女の事を観察していると、一瞬だけ目が合った。やはりテレビ局、生放送ということもあり失敗は許されない。そもそも失敗のしようがないようだが。
俺はスタッフに塩を貰い、体全体に振りかける。
「片名先生が塩を全身にふっています。これはいったいどういう除霊方法なのでしょうか。霊能者のお二方は、どのような除霊方法かご存じでしょうか?」
司会者が小声でトークしている間に塩を振り終え、少女の背後に回る。
「いえ、私は霊能者として様々な除霊方法を見てきましたが、塩を全身にふるというのは初めて見ましたね」
「儂も、このような除霊方法は見たことがないですな」
横から聞こえてくるヤジをものともせず、俺は少女の耳元で適当な言葉を呟く。その後、しっかりと呼吸を整えてから、左右の膝を交互に高く上げ、それと同時に両手も天井に向けてグリコのように開く。そうして少女の周りを一周回ったところで、耳元で囁いた呪文のような適当なことを呟く。それを延々と続ける。
「これは、儂は何十年もこの業界にいますが、聞いたことも見たこともない」
「私も、こんなものは初めてです。このような除霊が本当にあるのか疑わしいですね」
見たことも聞いたこともない? 当たり前だろう。これは今、俺が即興で適当にやっている、仕様がない儀式なのだから。
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