女勇者と貴族令嬢
異世界の移動。それはジェットコースターの三倍くらい、三半規管をめちゃくちゃにされた。
「ケンジ、到着したぞ」
「お、おえぇぇぇ……」
ぱっと地に足がついた瞬間、俺は腹の中にあるものをすべて吐き出した。
「うっ、おっさんのゲロほど見苦しいものはない」
女騎士は目を逸らしながらも、俺の背中を撫でてくれた。
「ううう……。ほんとごめん。ここは??」
ぱっと顔を上げると、石造りの壁に囲まれた広い空間だった。
「ここは私たちの世界、ノモスにおいて最大の国、イリオヴァ王国だ」
「イリオヴァ……?」
まだ気持ちが悪い。視界も歪んでいるが、ここが城らしい場所だということは分かる。
さっそく、王様と顔合わせイベントか?
ここはあえてフランクに行けばいいんだっけ?
いや、それは大人として恥ずかしい。
歪んだ思考でそんなことを考えていると、鈴の音を鳴らすような澄んだ声が降ってきた。
「クレア、戻ったのですね?」
「姫様!!」
女騎士が名前を呼ばれたのか、膝を付いた。ほう、この女騎士……クレアと言うのか。で、姫様とは?
顔を上げると、ドレスを着こんだ銀髪の美女が。何んとも異世界らしいビジュアルではないか。そして、姫様と呼ばれるだけあって、その所作は高貴なものが感じられた。
「もう、クレアったら。私と貴方の中です。そう畏まらないでください」
「いえ、ハイ・アリストスであるスアレス家、そのご令嬢であるエルシーネ様の前です。騎士として礼儀が……」
「いいの、貴方には昔のようにエルと呼んでほしいから。それに、クレアはもう勇者よ? アリストスと同等の地位なのだから、堅苦しいのはやめましょう。さぁ、顔を上げて」
「はぁ」
やっと、女騎士……クレアが顔を上げたので、空気を読んで顔を伏せていた俺も、それに習った。姫様と呼ばれた女性、エルシーネは話の流れから言って貴族の娘なのだろう。俺と目が合うと、上品に微笑み、クレアに確認した。
「それで、この男がレオン・スターリングの転生体ですか」
「はい、聖剣の宝玉が反応したので、間違いないかと」
「なるほど」
エルシーネは品定めするように、俺の周りを回りながら、あらゆる角度から観察すると、正面に戻った。
「思ったよりも……」
エルシーネは肩を落としていった。
「おっさんね」
「そうなんです」
「おい」
エルシーネに同意するクレアに、空気を読んで大人しくしていた俺も、さすがにツッコミを入れるのだった。しかし、エルシーネは生ゴミでも見たような顔でクレアに言う。
「伝説の騎士様の転生体なんだから期待しちゃったけど、騎士には見えないわね。これ、本当に使えるの?」
こ、これ??
さっきまでは上品で優しげだったのに??
「それは……分かりません」
がっかりしたように肩を落とすクレア。お前が連れてきたんだから、もっといい感じに売り込んでくれよ!!
ここは男として、年長者としてはっきり言ってやろう。
「さっきから好き勝手に言ってくれるが……あまり俺の機嫌を損ねるようなら、協力しないからな?」
少し強気に出てみるが、エルシーネは俺を鼻で笑う。
「使えないのならば、それはそれで結構です。我がスアレス領には優秀な騎士は何人もいますから。あえて、レオン・スターリングの転生体にこだわる必要もありません」
なんだよ、俺しかいないって話じゃなかったのか!?
「しかし、エル様! 他のハイ・アリストスが擁立する勇者たちに勝つには……」
「分かっています。聖剣をここに!」
エルシーネの指示に、どこからか現れた従者らしき男が一振りの長剣を持ってきた。エルシーネはそれを手に取ると、クレアに「宝玉を」と声をかけ、彼女からエメラルドの石を受け取り、剣の鍔にぽっかりと空いた穴に埋め込んだ。そして、剣を俺に見せつけるように掲げる。
「これがイリオヴァ王国に伝わる最強の聖剣エフィメロスです。かつて、邪神を封じノモスに光をもたらした最強の騎士、レオン・スターリングのみが扱えるという言い伝えがあり、実際にこれを抜いたものは三百年の間、現れていません」
最強の剣が三百年も使えていないのか。そりゃあ、宝の持ち腐れってやつだ。
「これを抜いてみなさい。抜けるのならば、貴方をレオン・スターリングの生まれ変わりとして、丁重に扱いましょう」
「……ふっ、面白い」
勝気な表情のエルシーネに、俺は不敵な笑みを返し、聖剣を手にする。
「それじゃあ、抜いてやるとしますか、伝説の聖剣を!!」
俺は聖剣の柄を握りしめ、一気に引き抜いた――。
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