第27話
学園の南門を出てすぐのところに高等部女子寮が建っている。中等部女子寮とまったく同じつくりの建物が屋根を並べている。そのうちの一つがラフィーネのいる精霊科高等部第二女子寮だった。
その扉の前で、カテルナはラフィーネが出てくるのを待っていた。
扉につけられた鐘が鳴って、すぐにラフィーネが顔を出した。カテルナの姿を認めると、
「おまたせ、カテルナ」
と、笑って言った。そして、近くのベンチに二人は腰掛けた。
「――その、残念だったね」
ラフィーネが申し訳なさそうに言った。カテルナは書庫のことを言っているのだとすぐにわかった。ラフィーネの浮かない顔を見てカテルナは頷く。
「もっときちんと調べてから来るべきだったね。まぁ、過ぎたことだし、気にするほどじゃあないよ」
「でも、これからどうする?」
ラフィーネがカテルナの顔を覗き込んで訊ねた。
「どうするもこうするも、力尽くは禁止でしょ?」
「う……うん。禁止……」
少し遠慮がちな物言いだった。カテルナは大きくため息をついて応える。
「力尽くがダメなら、正攻法しかないでしょ?」
「う、うん。でもそれじゃあ……」
「ちゃんと一年間、学校に通うよ。――少し時間はかかるけど仕方ないよ」
カテルナはラフィーネに笑顔を向けて、そう言った。少しだけラフィーネの硬い表情が緩んだ。
「でも、カテルナなら成績上位も簡単だろうし、私は……正直、難しいかも」
ラフィーネは、たはは、と苦笑いを浮かべた。
「勉強、難しかった?」
「――うん。やっぱり下積みが違うよ。それに私、他の人と少し違うし……」
昔から学校に通って勉強しているほかの子と違って、ラフィーネは少しだけ、勉強が遅れている。とはいえ、ほんの少しずれている程度で、致命的なほどでもない。
それ以外に、ラフィーネは他の子よりも特別違うことが一つあった。それは彼女の妖精、ルシルのことだった。
ルシルはラフィーネと契約をしたときから、言葉を話すことが出来ない。正確には言葉を発することを封印していた。
「――ん?」
カテルナは首を傾げて、眉を寄せた。
「どうしたの?」
「――いや、なんでもないよ。……そうか、封印か。なるほどね」
カテルナは呟くように、ぼそぼそと何かを言っている。そして、にやりと一つ笑ってから、ラフィーネに振り返って、話を元に戻した。
「ラフィーネも覚えなきゃならない呪文、ずいぶん多いでしょう?」
「まぁね、それでもカテルナに比べるとずいぶんマシなんだろうけど……」
「そうだよ、私のほうがもっと大変だもの。ラフィーネは呪文を覚えるだけでいいけど、私は円陣の描き方から、手印の組み方まで覚えなきゃいけないんだから」
そうだよね、とラフィーネは笑った。カテルナはそうだ、と思い出したようにラフィーネに訊ねた。
「ちゃんと友達できた?」
ここに来たときから気になっていたことだった。昔から人付き合いが苦手だったラフィーネが上手く溶け込めるかどうか、心配だったのだ。
「大丈夫だよ。たくさん……ってわけじゃないけど、ルームメイトの子が優しい子でね。――カテルナのほうこそどうなの?」
「わ、私は……まぁ……そこそこ……かな?」
カテルナは少し見栄を張った。クラスで親しいといえば、エルナくらいなものだが、彼女も、偶然ルームメイトになったに過ぎない。
ラフィーネはふぅん、と鼻を鳴らして、カテルナを横目で見て何か納得したように二、三度頷いた。
「な、なによ」
ラフィーネは首を横に振って、
「――なんでもないよ。……そんなことより、ずっと気になってたことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「内容による。答えられる範囲なら答えてあげるわ」
ラフィーネはこくりと頷いて承知すると、早速カテルナに訊ねた。
「あのさ。カテルナが小さくなって、家に帰ってきた日に、私カテルナに『どうしてこんなことを』って聞いたの、覚えてる?」
ビナスの宝玉に不老を願ったとラフィーネに言ったときのことだ。カテルナがこくりと頷くのを確認すると、ラフィーネは話を続けた。
「カテルナあの時、『仕方ないじゃない』って言ったよね。あれって、どういう意味なの?」
「どういう意味って?」
「不老を願わなくちゃならなかった理由を知りたいの。カテルナが何の理由もなくそんなことを願うなんておかしいと思ってたの。……カテルナ。答えられるようなら答えて」
そう言うとラフィーネは真剣な顔つきで、カテルナに迫った。カテルナは大きくため息を吐いてからきっぱりと言った。
「そうせざるを得ない状況にあったのよ。それ以上は言いたくないわ」
「私に言えないことなの?」
攻めるような目線を浴びせられて、カテルナは一瞬視線をそらしそうになった。が、何とか耐えて、ラフィーネを見つめた。
「ええ。でも、決して軽い気持ちで願ったものじゃないってことは覚えておいてほしい」
「……」
カテルナがそういいきると、ラフィーネはしばらく黙ったまま、カテルナの瞳を見つめていた。
長い長い沈黙が二人の間に流れた。
そしてしばらくして、ラフィーネが小さくため息をついて、
「わかった。もう気にしない。でも、話せるときになったらちゃんと話してよね」
にっこりと笑って言った。カテルナもラフィーネに、わかった、と答えるとにっこりと笑顔を返した。
「じゃあ、そろそろ私は寮に戻るよ」
ラフィーネがそう言ってベンチから腰をあげた。そして立ち去り際に振り返って、
「がんばろうね!」
と、笑って軽く握った手を突き出した。カテルナも拳を返して、それに答えた。
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