第15話


「――テルナさん。カテルナさん。――起きてください」


 ゆさゆさと身体を揺さぶられて、カテルナは目を覚ました。


「んあ? ――なに? エルナ……」


 カテルナは体を起こして、周囲を見回した。生徒達が荷物を抱えて、席を立ち始めている。


「――実技に移るから、外に出るんです……。よく眠れましたか?」


 時計に目をやると二十分ほど立っていた。


「ん、まあまあ。何か持っていくものとかあるの?」

「――杖……くらいでしょうか」


 エルナも右手に水色の玉のついた木製の杖を持ち、左手にはフィオナが乗っている。エルナの持っている杖は練習用の杖で、魔法の詠唱を安定させる精霊石が埋め込まれている。


「――はい、早くしないと、鍵締めますよ!」


 扉の前のウォルカナートに急かされ、カテルナはなにも持たずに教室を出ようとした。


「――カテルナさん、杖は?」

「言ったでしょう? 私は刻印魔導士なの。杖なんか持ってたら、手印が組めないじゃない」


 エルナは納得した様子で、こくこくと頷く。

 魔法を詠唱するための印の組み方には三種類あり、呪文を読み上げる声印、陣を描く陣印、手で印を組む手印。これら三つを使って、魔法は詠唱される。

妖精魔導士は手印や声印を妖精に任せているので、杖をつかうことができるが、刻印魔導士はすべての行程を自らで行っているため、手印を組むのに杖は邪魔でしかないのだ。


 廊下に出ると生徒はみな、外に向かって歩いていく。カテルナ達もそれを追うように歩いた。

 魔導学園の最も外側にあたる南広場。そのさらに南には城壁がそびえたっており、その反対にはカテルナ達のいた校舎がみえる。ウォルカナートが城壁を背に振り返った。


「これから応用魔法のうちで最も簡単な魔導詠唱の練習に入ります。それではみな、杖を持って」


 ウォルカナートの前に距離をとって綺麗に整列した生徒達が次々と杖を握った。

 ウォルカナートが目の前でゆっくりと詠唱をはじめる。その手本にしたがって、生徒も魔法を唱え始める。

 応用詠唱とはいえ基礎魔導学。生徒達も次々と、魔法で小さな炎を出したり、氷を出したり、自分の得意属性にあった魔法を唱えていく。


 魔法は大きく分けて六つ、細かく分けて十二の属性があり炎と爆、水と氷、土と緑、風と雷、闇と魔、光と聖に分けられている。人は生まれながら、そのうちのひとつを基礎属性として持ち合わせ、その属性を得意としている。

 カテルナも周りに合わせるようになるたけゆっくり、詠唱をはじめた。あくびが出そうになるのを堪え、ふと、隣を見ると、エルナとフィオナがとろとろと魔導円陣を描き始めていた。杖を構えてエルナが呟く。


「――魔導円陣詠唱……」


 エルナの声にあわせて、フィオナが体全体を使って十字を描く。丁寧に描かれた円陣は他の誰よりも綺麗な形に整っていた。

エルナの声に続いて、フィオナの小さな口から呪文がこぼれ落ちる。


「わが身のうちに波打つ水の――」


唱え始めた瞬間、エルナの前の円陣に異変が起こった。エルナの顔がこわばり、額に汗がにじみ出た。とたんに、円陣がぐにゃりと曲がり、本来なら詠唱と共に円陣に書き込まれるはずの紋様が書き込まれず、ただ醜く歪み、形を変えていく。

フィオナは印を組む指をすばやく変えて、歪みを矯正しようとするがそれも歪みを深くしていくだけに過ぎなかった。汗ばむフィオナの小さな手をエルナは止めた。


「――フィオナ、もうやめよう……」


 そう言ってエルナは詠唱を終わらせた。


「エルナ、どうしたの?」


 カテルナがそっと近寄って声をかけると、エルナは頼りない笑みを浮かべて答えた。


「――大丈夫。いつものことだから……」

「いつものことって……」


 ひどく疲れた様子のフィオナがエルナの手のひらに乗っていた。最も簡単な魔法のはずなのに、この疲労は明らかに不自然だった。


「――エルナさん、やはり無理でしたか……」


 そう言って近づいてきたのはウォルカナートだった。エルナが小さく頷くと、優しく頭を撫でて、


「あとで僕の部屋にきなさい。――カテルナさんも」

「――私も?」


 ウォルカナートがひとつ頷くと、エルナがカテルナの袖を引いた。


「――お願い。カテルナさんも一緒に来て……」

「う、うん」


 エルナの真剣な表情に圧されて、カテルナは頷きかえした。

 ちょうどそこで授業終了の鐘が鳴った。

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