第12話

「――トトト紅茶をちょうだい」


 空のカップを片手に眼鏡をかけた女性が、目の前の本から目も離さずに傍らで四角い箱を弄っている男性に声をかけた。呼ばれた男性は短く切りそろえられた金髪をクシャリとかきあげると、箱から手を離し、紅茶のポットを手に取り、女性のカップに優しく注ぎ込んだ。


「僕の名はトトです。トト=トロベルです。ちゃんと覚えてくださいよ、アーツ先輩」


 アーツと呼ばれた女性はその白い手をひらひらと振りながら答えた。


「いいでしょ、別に。そんな変わんないじゃん。トトもトトトも――それにトトトのほうが可愛いと思わない?」


 肩にかかる程度の鮮やかな赤い髪を揺らしながら、アーツはトトを振り返った。目を細くして笑みを浮かべる。

 なれた手つきで、砂糖とミルクを注げたしながら、トトはむっとした表情で言葉を返す。


「思いません。大体なんでトトトなんですか。本名より長くなってるじゃないですか」

「トトもトトトもトトの内ってね」


 ハハハと軽く笑って女性――アーツ=クロウウェルは手をフラフラと横に振った。


「意味わかんないですよ! いや、ホントに意味わからないですから」

「バカだねぇ、意味ないに決まってるじゃない」


 返す言葉に詰まってトトは一度溜息をついて後ろに振り返った。


「もういいです。アーツ先輩と話してるとこっちまで変人扱いされちゃいますから」


 そう言ってまた四角い箱を弄り始める。ガチャガチャ機械を弄る音が部屋に響く。


「そう言うトトトはなにやってるのよ」


 本にしおりを挟むと、アーツは頬杖をついて、箱を弄るトトを振り返った。


「ラヂオを直してるんです。今朝ゴミ捨て場で見つけたんですけど、まだ使えそうだったから拾ってきたんです」

「いいねえ、エコロジーだねぇ、貧乏症だねぇ、機械マニアだねぇ」


 アーツの溜息混じりの声にトトはまたムッとする。


「なんすか、いいじゃないですか別に」

「別に誰も悪いなんていってないじゃない。人が静かに本読んでるとこでがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃするのが良いか悪いかは別にしてね」


 ぴたりとトトの手が止まった。


「僕――ジャマっすか?」

「平たく言えばそういうことかな」


 そう言ってアーツはゆっくりと立ち上がり扉を開けた。外の光がトトを照らし、アーツは満面の笑みをうかべて手の先を外へと導いた。

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