第20話 ミシェルへの手紙2

カイネの返事が脳裏に聞こえると、虚空に小さな光の球が現れた。


次いで、その中から二通の封筒が私の手元にゆっくりと降りてくる。


『お姉ちゃんへ』


『姉さんへ』


封筒の表に書いてある文字で、これが本当に二人が書いてくれたものなんだと実感する。


裏を見れば、ちゃんと『レイチェル・ラウンデル』と『アウラ・ラウンデル』の名前が記してあった。


『没落貴族と後ろ指を指されようとも、私達はいつ、いかなるときも『ラウンデル』の名前を背負っていこう。父上と母上が私達を生んで、育ててくれた証になるから』


全てを失い、新しい土地に住みようになった時、三人で決めたラウンデル伯爵家としての意地であり矜持だった。


二人とも、私がいなくてもちゃんとしてくれているんですね。


目頭が熱くなるなか、私はレイチェルの名前が書かれた封筒を丁寧に開けて中の手紙を取り出した。


相変わらず、可愛らしい丸文字だ。


『ミシェルお姉ちゃんへ。


お姉ちゃん、レイチェルだよ。


カイネ様からの神託。


お兄ちゃんと一緒に聞いてとっても驚いちゃった。


でも、お姉ちゃんが無事って知れてすごく嬉しかった。


神域の中でも、ちゃんとごはん食べてる? ちゃんと寝てるかな? お姉ちゃん、無理しちゃうところあるからちょっと心配。


詳しいことは、カイネ様に教えられないって言われちゃったけど、お姉ちゃんが神域でとっても頑張っているって聞かされました。


すごいなあって、ほんとうに思う。


でも、がんばりすぎないでね。


こわくなったら、ちゃんと「こわい」って思ってもいいし、泣きたくなったら泣いてもいいんだよ。


レイチェル、どんなお姉ちゃんも大好きだから。


それとね……。


お姉ちゃんが帰ってきたら、みんなでまた一緒にごはん食べようね。


あったかくて、安心できて、美味しいごはん。


私、あの時間が大好きなんだ。


だから、必ず帰ってきてね。


大好きで尊敬するお姉ちゃんへ。


レイチェルより』


「……レイチェル、ありがとう。私も早く一緒にご飯が食べたいです」


鼻を啜り、服の袖で頬を伝う涙を拭うと、私は息を吐きながら上を向いた。


涙が溢れて止まらなくなりそうだったからだ。


涙が落ちれば、折角のレイチェルからもらった手紙が汚れてしまう。


そんなの、絶対に嫌だ。


「あぁ、駄目です。辛いことが多かったせいか、ちょっと涙が止まりません」


『大丈夫です。ゆっくりとご覧になってください』


脳裏にカイネの声が聞こえる中、私はすすり泣いた。


ずっと一人で立ち向かって心細かった気持ちがとても軽くなった気がする。


暫くして感情が落ち着いてくると、私は深呼吸をして二枚目の封筒。


アウラ・ラウンデルの名が記された丁寧に封筒を開け、中身を取り出した。


アウラは、普段から憎まれ口っぽいことを言いつつも、何だかんだ私のことを心配してくれる。


ここに来る前も『僕も働くよ』って言っていたし、止むを得ないとわかっていても私がハンターを生業としていることを『危ないから止めなよ』と、ずっと反対していた。


神域で見殺しにされてしまった事実を考えれば、今更だけれど忠告をもっと真剣に聞いておくべきだったかもしれません。


後悔、先に立たずとはよくいったものです。


大人びた性格同様、アウラは筆跡も歳不相応に達筆。


私の字を見るたび『姉さんって、本当に字が汚いよね。どうしたらそんな字がかけるのか。不思議でしょうがないよ』といつも肩を竦めていたっけ。でも、必ず『まぁ、姉さんの字はその分、愛嬌があって僕は好きだけどね』と付け加えてそっぽを向いてていました。


「……アウラのことだから、いわんこっちゃないとか。手紙でも怒られそうです」


『ミシェル姉さんへ


ほら、いわんこっちゃない……って僕が怒ると思ってたかな。


残念だけど、外れ。


ミシェル姉さんが無事で生きていると知った時、僕は心底ほっとして柄にもなく泣いちゃったんだからね。


ハンターズギルドとS級ハンターの人達から、姉さんが事故死したって聞かされていたんだ。


怒る気力もなかったよ。


カイネ様から神託が降りてきた時、本当に驚いたんだよ。


あんまり人を心配させて泣かせないないでよね。


僕、ちょっと眠れなかったんだから。


いや、ほんのちょっとだけど。


今、姉さんがどんな状況にいるのか。


カイネ様は詳細を教えてくれなかったから想像もつかないし、わからない。


だけど、僕は信じてる。姉さんは、絶対に帰ってくるって。


だって、姉さんだもん。


父上と母上が亡くなって僕が塞ぎ込んだときも、レイチェルの笑顔に悲しみが溢れたときも、誰よりも明るくかった。


身内に騙され、全てが奪われた姉さんが、きっと一番悔しくて、泣きたかったはずなのに。


だから、姉さんならどんな困難だって乗り越えるって、僕は信じて待ってるよ。


帰ってきたらさ。


あんまりカッコつけずに、ちゃんと頼ってよね。


僕はラウンデル伯爵家の嫡男で、姉さん自慢の弟なんでしょ。


僕だって役に立てるんだから。


追伸、出かける前に渡した短剣をちゃんと使ってよ。


姉さん、御守りとか言って大事しそうだからさ。


あの短剣は、姉さんの身を守るためにあげたんだから。


じゃあ、またね。


毎日、僕が腕によりを掛けた料理を作って待ってるよ。


レイチェルと一緒にね。


アウラより』


「あぁ……。また、駄目です」


名文だわ。


私は再び鼻を啜り、上を向いた。


この手紙、一生の宝物にします。


アウラ、あの子が泣いたことを手紙に書くなんてね……。


きっと、本人も不安で押しつぶされそうなのに、自分のことより私の事を心配してくれているのね。


二通の手紙を胸に抱きしめ、感慨に耽けった私は再びアウラの手紙に目をやった。


すると、大事にしたいのに、どうしても手紙を持つ手に力が入ってしまう。


それにしても、です。


頬を伝う涙を拭うと、私は手紙の一文を睨み付けた。


ハンターズギルドの職員はともかく、あのS級ハンターども。


S級ハンター 剣士 アルベルト・カトルナフ 


S級ハンター 攻撃魔法士 プリシラ・マレリー 


S級ハンター 大盾戦士 バーストン・ダヴィネス 


S級ハンター 魔剣士 ランティス・アイヴァン


お前達が私を見殺しにしたくせに、よくもぬけぬけとアウラとレイチェルのところに顔を出したもんですね。


おまけに『事故死』と伝えた、ですか? 一体、どの口で伝えて、どんな目でアウラとレイチェルを見ていたんでしょうか。


奴等に神域で見殺しにされたから、私はネルヴィアに出会い、祝福を授けられてカイネに出会えた。


だからといって、感謝なんて絶対にするもんですか。


鉄槌です、鉄槌。


地上に出た暁には、S級ハンター共を地の果てまで追いかけ、鉄槌を下して追い落としてやります。


レイチェルとアウラの手紙で感動した反動か、気付けば悲しみと寂しさは烈火の如き怒りに変わっていた。


「カイネ。これ、返せとか言いませんよね」


鼻声で虚空に向かって尋ねると、すぐに澄んだ声が聞こえてきた。


『はい、そちらはレイチェルがミシェルのために書いたものですから。ただ、所持アイテム枠を使ってしまうのでご注意ください』


「わかりました。まぁ、返せと言われて返しませんけどね」


この手紙は私の宝よ。


アイテム枠が埋まっても絶対に手放しません。


棄てるなら、神力の杖をまず捨てます。


ステータスが足りない嫌がらせ武器なんて、ただの呪いですからね。


レイチェルの手紙を丁寧に封筒へ戻し、手持ちのバッグに入れようとするがふと思った。


……このまま入れると、絶対にぐしゃぐしゃになりますね。


「ねぇ、カイネ。この手紙、神力の杖とか腐った屍肉みたいに別次元というか、どこかにしまえないでしょうか」


『できますよ。ミシェルが移動させたたい物を手に持った状態で(所持アイテム枠へ)と念じれば、移動できるはずです』


「え、そうなんですか? じゃあ、早速……」


言われた通りにやってみると、手紙は光を纏ってふっと消えた。


メニューを呼び出して、【所持アイテム一覧】を確認すると『レイチェルの手紙』というアイテムが増えている。


「すごい。でも、これってかなり重要なことじゃない? どうして教えてくれなかったのよ」


『それは……聞かれなかったので』


「は……?」


カイネ、言葉にちょっと間があったわよ。


私が聞かなかったのも事実だけど、多分、忘れていたんでしょうね。


まぁ、ヘルプには書いてあったんだろうし、カイネにはお世話になってくるからこれしきのことで怒るような真似はしないわ。


ネルヴィアだったら、怒号ものだったけどね。


「そ、そうなの。まぁ、そういうこともあるわよね」


苦笑しながら頬を掻いていると、カイネが誤魔化すように咳払いをした。


『それではもう一つの吉報。レベル11になったことで解放された【デイリークエスト】について説明にうつります。よろしいですか』


「デイリークエスト、ですって?」


またよくわからない単語がでてきた。


デイリークエストってことは、ハンターズギルドにもある日雇い仕事みたいなものかしら。


私は首を傾げつつも、一言一句聞き漏らさないように虚空に向かって身構えた。

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