死にかけの悪役令息を拾ったので義弟にしました

千堂みくま@9/17芋令嬢comic2巻

第1話 ユーシス、追放される

「ユーシス。お前をウォートン公爵家から追放する」


昼下がり、公爵家の一室にて。

異母兄から放たれた言葉に、ユーシスは目を見開いた。


ユーシスはいつも離れで過ごし、食事は朝と晩だけの苦しい生活を強いられていた。

メイドの子だと疎まれて放置され、本館に入る事は許されなかった。


呼ばれたから来たのに、いきなり追放とは何事だろうか。


兄――クラウスはソファに脚を組んで悠々と座り、彼の隣にはロザンヌ王女がいる。

ロザンヌは痛ましげな表情でユーシスを見ていた。まるで罪人を見る目だった。


「なぜですか! 何の罪で僕を追放なんて……」


「お前はロザンヌ殿下に色目を使い、既成事実を作ろうとしたそうだな。王家から苦情が来ている」


兄はそう言って、ローテーブルに一枚の紙を置いた。

そこには何月何日にユーシスが王女に対して何をしたのか事細かに書いてあったが、どれも身に覚えのない出来事ばかりだ。


「こんなのでたらめです! ちゃんと調べてください、僕はほとんど王宮に行った事もないのに」


「目撃者が何人もいるのに白を切る気か? 手荒な事はしたくなかったが、仕方ないな」


兄がパチンと指を鳴らすと、部屋に大勢の騎士がドッと詰めかけた。

抵抗する暇もなくユーシスは取り押さえられ、床に這いつくばる。


「あ、兄上っ……! なぜここまでして僕を……僕は爵位の継承なんて望んでいません!」


「分かっていないようだな。私にとってお前は、存在するだけで地位を脅かす邪魔な奴なんだよ。悪い芽は出る前に摘んでおくものだ。おい、さっさと連れていけ。行先はフェルトンだ」


「やめろ、はなせ! 僕は罪人なんかじゃない!」


ユーシスは抵抗したが、ただの十五歳の少年が騎士に敵うわけがない。

引きずられるようにして無理やり馬車に乗せられた。

外から扉に鍵をかけられて、すぐに馬車が走り出す。


「フェルトンだって……? 王都から一番遠い都じゃないか」


フェルトンはランバート王国の北端で、隣国と接している。

冬は硬い氷と深い雪に閉ざされ、外部との連絡はほぼ途絶える雪の都だ。

貴族たちはフェルトンを「北の牢獄」と揶揄していた。


(牢獄送り……僕は本当に罪人扱いなんだな……)


ユーシスは父がメイドに手を出した結果生まれた私生児だった。

母が子を身ごもると父は「外聞が悪い」と言い、屋敷から追い出した。


母は運よく修道院で保護されたが、ユーシスが十歳の時に亡くなり、同時に父の使いが迎えに来た。

修道院の院長がユーシスの将来を心配して手紙を出していたようだ。


ユーシスは男児で、成人したら修道院から出て行かなくてはならない。

そして男児だからこそ、公爵家の跡継ぎとなれる権利を持っている。

院長はそう考えて父に連絡を取ったのだろうが、ユーシスを待っていたのは冷遇される生活だった。


父が生きていた頃はまだましだった。

たった一人でもメイドが付けられて、質素だろうと一日三回の食事が出された。


しかし父が亡くなった途端、兄はメイドを解雇し、食事も朝と夜の二回になった。


「こんな事になるのなら、努力しなければよかった……」


メイドの子と疎まれて父にもかえりみられず、兄には疎まれ……それでも公爵家の息子として相応しくなろうと、必死に努力してきた。


離れに残された書物はすべて目を通して記憶した。

兄が騎士に稽古をつけてもらうのを遠目から観察して、自分なりに剣術を磨いてきた。


(頑張ったら、いつか誰かが見てくれるかもって……何を夢見ていたんだろう)


荷物もほとんど持たされなかったユーシスは、もうじきフェルトンという辺りで馬車から外へ追い出された。

御者は無表情のまま馬車を走らせ、道端に倒れたユーシスの事は一瞥もしなかった。


「寒い……」


運の悪いことに、今は晩秋だ。

王都ならまだしも、国の北端に位置するフェルトンでは、水に薄い氷が張るほど冷える時期である。


ユーシスはかじかむ手をこすりながら歩き始めたが、すでに日は落ちて辺りは真っ暗だった。

明かりもなく、どこへ向かえば人がいるのかも分からない。


こんな所で放り出すのは、「死ね」と言われたのと同じだ。

味方なんかどこにもいない……最初から、ユーシスはひとりぼっちだった。


「本当に『本』の通りになってしまった。やっぱり僕は悪役なんだな……どう頑張ったって、そういう役割だったんだ」


ユーシスの目から涙が溢れて、頬を伝って地面にぽたぽたと落ちていく。


「もういいか……。なんだか疲れた……」


きっと自分はここで死ぬんだ。

誰も僕を必要となんかしていないのだから。


ユーシスは道端に倒れて、子どものように体を丸めた。

じわじわと眠くなる。

それが死に繋がる睡魔だとしても、もう抵抗するだけの気力は尽きていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る