第3話懐かしい転校生
勿論、その後は大騒ぎだった。颯太自身はよく覚えていないが、当時はまだ教師だった八丈が随分と奔走してくれたらしい。
その事があって、家族ぐるみでの付き合いが今も続いている。
颯太にとって、八丈は第二の祖父のような気持ちで居た。豪快で力強く、逞しい祖父とは違い、物静かで物知り。そして理知的な八丈を颯太は尊敬していたし、大好きだった。
思い出したものの、分からない事が多過ぎる。聞いてもはぐらかされるかもしれないが、聞きに行こう。時計を見ると、時間は七時を少し過ぎたくらいだった。
両親はとっくに起きている時間だ。颯太は起き出してパジャマから着替えると、一階の食堂に向かった。実は民宿以外にも食堂もやっていて、朝早い時間から開いているので、今頃朝食の時間の筈だった。
颯太の思う通り、食堂には早朝から来た釣り客らしき人達や、見知った漁師のおじさん達がご飯を食べていた。
「あら、おはよう颯太」
「かーちゃんおはよ!」
颯太はお昼の仕込みをしていた母親に朝ご飯を出してもらい、ご飯は自分でよそって適当な席に座って食べ始めた。
お盆に乗っているのは目玉焼きにハム、そして大根と豆腐の味噌汁。それから鰈の煮つけだ。客にはそれにわかめとタコの酢味噌和えの小鉢が付いている。
颯太は朝ご飯をしっかり食べて飛び出して行った。
今日は土曜日で学校も休みだ。八丈も今頃なら家の筈だ。
八丈の家は小学校の近くだ。とは言え、小さな漁師町である、颯太の家は小学校から颯太の足で二十分程の距離だ。
学校を通り過ぎ、少し坂道を駆け上がって辿り着いた小高い丘の上にある小さな白い家。そこが八丈の家であった。
「センセー! あ、じいちゃんもいる!」
綺麗に刈り込まれた、常緑樹で中木のマサキの生け垣の隙間から祖父と八丈の姿をみとめた颯太は、足を速めて玄関に回り込んだ。
「じいちゃん、センセーおはよー!」
玄関アプローチを横切って庭に直接入り込むと、縁側で将棋をしていたふたりに挨拶をした。
「おお、おはよう颯太」
「おはよう、颯太君」
歳の近いふたりは、暇さえあればこうして将棋や碁を指す仲であった。
「あらあら、颯太君いらっしゃい」
庭に面したリビングから八丈の妻である玉子が現れた。
「あ、センセーの奥さんおはようございます」
「うふふ、おはようございます。まあまあ、もう汗だくね、待って頂戴。今お茶を持って来ましょうね」
そう言って奥に引っ込んだ玉子は少しして、グラスの中に氷と麦茶を入れたものを持って来てくれた。
「ありがとーございます!」
ゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ冷たい麦茶には、少しの塩味を感じた。
祖父の隣で麦茶を飲んで、人心地着いた颯太はコトンとガラスのコップを傍らに置いた。
「さて、颯太君は今日はどうしたのかな?」
飲み終わるのを待っていたように、八丈が口を開いた。
「うん・・・・・・」
さて、勢いよく飛び出したは良いが、どう話を切り出せばいいのか分からない。
どうしようかなあ、ともじもじしながら考え事をしていたら、八丈の家に新しい訪問者が現れた。
「オハヨウゴザイマァス! アルペンハイムデスッ!」
髭もじゃの、金髪のクマがそこに立っていた。
「おお、ようこそアルペンハイムさん」
しかし八丈はにこやかに男を迎え入れた。
縁側を下りて、サンダルを履くと男の元へと歩いて行った。
やたらとその高い男である。茶髪混じりの金髪に、薄水色の瞳の中年だった。
そして、その傍らには女の子が立っていた。太陽光を浴びてきらきらと輝く金髪にをツインテールにして、父親譲りの薄水色の瞳は好奇心でピカピカと光って見えた。
「彼女が・・・」
「ハイ、娘のリーゼロッテデス。さ、リーゼ、皆さんにご挨拶をして」
父親に促されて、リーゼロッテははにかみながらも挨拶をした。
「リーゼロッテ・アルペンハイムです、よろしくお願いします」
父親よりも流暢な日本語で挨拶をしたその瞬間、颯太はよく分からない胸が締め付けられるような気持ちに襲われた。
何で・・・・・・オレ・・・この子の事知ってる?
何処かで会った事があるような懐かしさを感じて、颯太は首を傾げた。
「颯太君、リーゼ君は君と同じ五年生だよ、仲良くしてあげてくださいね」
そう言われて、颯太はハッ、として我に返ると勢いよく立ち上がった。
「お、オレ蔵田颯太ッ! ヨロシク!」
バッ、と右手を差し出すと、リーゼは向日葵のような笑顔を見せて颯太の手を握り返した。
「リーゼロッテよ、リーゼ、って呼んでね」
颯太は何故だか分からないけど、彼女の事を守らなければいけない、そう思っていた。
暫くリーゼ達と話をして、ふたりが帰って行くのを見送った後も颯太は暫く八丈宅に滞在していたが、結局話を切り出せずに八丈家で祖父と共に、お昼のそうめんを食べて帰って来てしまった。
祖父はもう少し将棋を指すから、と言うので先に八丈の家を出た。
「うーん・・・・・・」
結局話ができなかった・・・・・・。
まあいいや、明日もあるし、と颯太は気持ちを切り替えて家に帰るのであった。
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