僕の生まれた町は寂れた漁師町でした
璃々丸
第1話オキイ様、ギョミンさん
これと言って何も特色の無い寂れた漁師町で、家は漁師業の傍らに民宿もやっているが、ゴールデンウイークや夏休みにでもなればそれなりに集客はあるものの、それ以外は月に二三人程の釣り客を相手に商売をしている程度だ。
颯太は、
五年の生徒は十人程で、皆ほぼ顔見知りである。
小学校の全校生徒数も百にも満たない。辛うじて校舎は近代的なコンクリート造りだが、しかし長年海風に晒されているせいで劣化が早いようで、所々錆びついていたりと、危険な個所が多い。
そんな古ぼけた校舎で幼馴染達と日々過ごし、唯一の楽しみと言えば教頭先生がたまに聞かせてくれる怪談話くらいだ。
「さあ、もう五時になるから早く帰りなさい」
八丈がそう言うと、子供達は不満を漏らしつつも、素直にランドセルに手を伸ばしながら立ち上がった。
週に一度、子供達からねだられて放課後に校庭の片隅で、教頭の八丈はお話会と称して怖い話をしてくれていた。
「先生の怖い話、もっと聞きてえよ」
「ね、本当にもう帰らなきゃいけないんですか?」
颯太が不満を漏らすと、同じく五年でクラスメイトの入江夏希も同意するようにそう言うと、八丈は苦笑いしていたが、ふと真面目な顔になると少し屈んで声を潜めた。
「・・・・・・早く帰らないとギョミンさんが攫いに来るから、早く帰りなさい」
ギョミンさん、と言うのは颯太達の祖父母達の代よりもずっと昔から言い伝えられている化物だ。
十七時以降に町中をうろついていたら、ギョミンさんと言う怪物が大人も子供も関係なく攫いに来る、と言う話だ。
この婁々慧町では、黄昏時には皆戸をピタリと閉めて誰も外に出ないようにする。町の小さな商店も十六時頃には閉めてしまうし、颯太の民宿も十七時以降に飛び込みでチェックインは断る程である。
なので夜釣りがしたければ余所でしてくれ、と泊り客には事前に言っている。
ギョミンさん、は見た目が魚か蛙めいた風貌の、青白くて、鱗に覆われてぬるりとした肌をした裸の化物で、蟹股でぴょこぴょこと跳ねるように、見ようによってはユーモラスな動きをしながら歩く。
この町に住む者は皆、直接では無いがギョミンさんを見た事がある。
颯太は小学校に上がる前に、父親に夜中に起こされて、眠い目を擦りながら家の二階、夫婦の部屋からカーテンの隙間から遠く見える
「いいか、アレがギョミンさんだ。アレに魅入られたらお前もギョミンさんにされてしまうからな」
見たのはほんの数十秒程だろうか、父親が颯太の視界を遮るようにさっ、とカーテンを閉めてそう言った。
夜更かししたり、十七時以降町中を歩いていたら攫われて、喰われてしうまうか、或いはギョミンさんにされてしまうと言う。
何時頃からうろついているのかは定かでは無いが、オキイ様がこの浜に現れてからなのは確かなので、そうなるともう何百年も前もの話になる。
オキイ様とは、この雌黄浜の名前の由来となった僧侶の事である。
とても遠いところからこの浜に流れ着いた、黄色い衣を纏った僧侶で、不漁続きで餓死者が出る程貧困にあえいでいたこの小さな漁村に恵みをもたらした尊いお方だと、今も豊漁の神様としてあつく信仰されている。
勿論、颯太の家の神棚にも、オキイ様を祀っている。
「さ、家から閉め出される前に帰りなさい」
「はあーいっ!」
「先生さよーならー」
口々に先生に挨拶を言いながら手を振って、皆は家路に向かった。
早く帰らないと八丈の言う通り、本当に締め出されてしまうので、颯太達の足は自然と早くなる。
最悪、近くの家に泊めてもらう、と言う事も出来るが颯太の家の今夜の晩ご飯はカレーなので、今日は何としてもそれだけは避けたかった。
「じゃあなー」
「バイバーイ」
ひとり、またひとりと友人達と別れて颯太は一番最後、ひとりぼっちで走っていた。時間はまだ少し余裕があるはずだ。
しかし、十七時の時報が聞こえる前に家に入っていないといけない。
そう、時報が聞こえたら最後、何処の家も中に入れてくれなくなってしまうのだ。
そうなったら何処かに身を隠して、一晩を過ごさなければいけなくなってしまう。
早く、早く帰らないと────。
そう、早く帰らないとアイツみたくなっちまう。
ハアッ、ハアッ、と荒く息を吐きながら、駆けていく。
早く、アイツみたくなって・・・・・・。
アイツ、って誰だ?
ええ、っと・・・・・・。
誰だ、わざと外で一晩過ごしてみようぜと提案したのは?
外で過ごしてどうしたっけ?いや、それよりも、俺は外で過ごしたことなんてあったっけ?
「~~~~~~~~~~~~っ!!」
民宿兼自宅の引き戸を乱暴に開けてガラスの引き戸が割れるのではないか、という程の勢いで締めた。
UUUUUuuu~~~~~~~~~~~~!
十七時の時報が響き渡る。
颯太の横を母親がパタパタと駆け足で横切り、引き戸の鍵を掛けて、カーテンを引いた。
どれ程、というほどでもないが時報が鳴り止み、辺りに静けさが戻った。
「颯太、アンタ今日は遅かったね」
珍しい、と。別に咎めている訳では無いが、その母親の言葉に、何故か胸がずきずきと痛んだ。
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