第16話【提唱者と神々の記憶】
「ちょっと、『ノアのところには何も言わない』って、どういうこと?」
ユイトはずかずかと教会に踏み入るヒロを追いかけながら、彼の背中に声をかける。
ヒロを追いかけて踏み入ったここは、
「んー? とりあえず、ここの司教サマを探してくんね?」
「え? あ、ちょっと!」
ヒロはユイトの問いかけに答えることをせずそう言うと、あれこれと教会の中のものを物色していく。
「勝手に触ったらダメだよ、ヒロくん!」
「あーん? 大丈夫だって〜」
ユイトは慌てて声をかけるも、ヒロは平然と教会の備品を移動させていく。ほんの少しの間に、美しい線対称を誇っていた教会はぐちゃぐちゃの
「ああ……」
ユイトは無意識に落胆したような声を零した。
(もう、さっきはヒロくんの考えに同意したけど……やっぱこういうところは苦手だな……)
ユイトの視界に入るのは、神の彫像を中心に、左右対称に並んでいたはずの調度品。イスや蝋燭、植物に至るまでが完璧な左右対称の造形を保っていたはずが、今やサイクロンが通った後のようだ。
「……ねえ、ノア君のところに行かないことと、大司教を探すことに何の関係があるの?」
ユイトが司教を探しながら再び疑問を口にするも、ヒロは無言で辺りを見回すだけだ。
この教会には礼拝堂以外にも複数の部屋があり、扉はどれも淡い水色で塗られている。『懺悔室』『図書館』『執務室』など、洒落た木の札がかかっており、ヒロはある1枚の扉を注視していた。
「……見つけた」
ヒロが見つめていたのは、植物に隠れるように存在している、謎の1枚の扉だった。
恐らくヒロが備品を移動させなければ、見つけることは無かっただろう薄汚れた灰色のその扉。
擬態するかのように存在するそこには、一体何があるのだろう。
「ユイト、一緒に来い」
「言われなくても行くけど……」
ヒロは神妙な面持ちでそう言うと、足早にその部屋へと向かっていく。
ユイトもその後に続き入室するが、まだヒロの行動には不明な点が多く、正直なところは不安でいっぱいだった。
「お、お邪魔しまーす……」
「ははっ、やっぱこういう隠し部屋に秘密ってのはあるもんなんですね〜」
しかし、彼らが入室したその部屋は、これまでの部屋とは全く違った様相で2人を出迎える。
部屋にあったのは1冊の本。乱雑に投げられた羽根ペンに、散らばった紙とアルコールランプ。小さめの部屋には所狭しと書物が並んでおり、ここは研究所と考えるのが適切だろう。
ヒロは愉快そうに笑い、部屋をざっと見回していた。
「……? ここは、研究所……?」
ユイトが素直な疑問を口にすると、ヒロは
「研究所かはわかんねけど、大事な部屋なのは間違いねえなあ。ほら、これを見ろよ」
と、机上に置かれた1束の書類を指さした。
その書類は丁寧に紐で括られ、その上から開封防止用の魔法が重ねがけしてある。よほど重要な書類なのだろう。一般人なら何ヶ月かけても開封できないような、非常に高度な術式である。
「ほんじゃあ失礼して……っとー。何なにー?」
「うわっ! ちょっと、勝手に開けないでよ!」
しかし、ここに居るのは
ヒロは事も無げに魔法を解き書類を開くと、ユイトの静止を無視し文章を読み出した。ヒロは目当ての単語があるかの如く、文章をザッと流し読みしていく。
「俺とノアがシェアハウスしてるのは知ってるよな?」
ヒロがそう問いかける。
「あ、うん。ルイくんとフレディも一緒だよね」
「そそ。そこでさ、ノアが『大事な商談がある』って言ってたんだけど、その相手がなんと! ここの司教サマだったんですよ〜」
「え!?」
ヒロは書類に目を通しながら、驚きの情報を公開した。
ノアの商談相手は教会の司教。
ユイトにとっては初耳の情報のため、あらゆる思考が浮かんでは消えていく。
正直、そんな話があったのなら、先に言ってくれれば良かったのに、とも思ってしまう。
しかし、思考や謎解きを楽しむような性格タイプ、
「……あった」
ユイトがそんなことを考えていると、ヒロがボソリとそう呟きユイトの方を振り向いた。
その顔にはいつも通り得意げな笑みが浮かんでおり、ユイトに書類を差し出してくる。
「まあ見ろって」
「いや見ないよ!」
「いや、ここ! 見ろって、答え合わせだ」
「えー……?」
ユイトにぐい、と差し出した書類の1番上には、ヒロが探し求めていた言葉があった。いや、正確に言うならば、求めた以上の情報が刻まれている。
ユイトは驚愕に目を見開く。
「な……え…………?」
静寂が一帯を支配する。
散らばった書類。1冊の本。羽根ペンにアルコールランプにノアとの商談。まるで何かを探し、見つけ、行動に移そうとしたかのような、そんな様相の執務室。
不在の司教、襲撃された
商人という重要なポジションにありながら、不在を伝えないという方針のヒロ――……。
ユイトは自然とその言葉を読み上げていた。
「『
「ああそうだ」
ヒロはいつになく真面目な顔でユイトと視線を通わせると、常時とは違い緊張感のある声色でこう言った。
「俺がノアのところに何も言わない理由……それは、ここの司祭が今回の襲撃に関わっている可能性を考えたからだ。商談に乗じて何かする予定だったのか……不在時の隠蔽工作は、この司教サマがやってくれてるみたいだぜ」
ヒロの口調は普段と特に変わらない。飄々としていて親しみがあるし、表情もまた柔らかくなっている。
「『根回しは済んでいる。彼の商談は全てキャンセルしておいた。
(ヒロくんは、本当にいつも通りだ。冷静で、親しみやすくて、聡明で。でも、いつもと違う)
「まあ、この文を読んだらわかるだろ、ユイト」
「うん」
ユイトは低い声で相槌を打つ。
「アイツらが襲撃で殺されかけたのは、平等神を復活させるためだ」
(ヒロくんは、かなり怒ってる。そして……それは僕も一緒だ)
ヒロが決定的な言葉を言ったその瞬間、この教会の景色は一変する。
信仰と欲望。相反するそれらに彩られた
神を信仰した代償に良心を失い、闇に堕ちた1人の司教。
そして、何も知らないまま、命を奪われかけた最強たち。
平等な治世、そんな定義すら曖昧な言葉のために、
「……テディからさっき連絡が入った。ノエルの意識が戻ったらしい。……話を聞きに行こう」
ヒロは抑揚の無い声音でそう言うと、書類を片手に歩き出した。
♤♤♤
「テディ!? ボロボロじゃん、どうしたの!?」
「あはは……ちょっとね……」
やり場のない怒りや無力感を携え病院に向かった2人が最初に目にしたのは、意識を取り戻したノエルではなく、大怪我を負った
あちこちに火傷や切り傷を負い、止血はされているが全体的に痛ましげな彼は、困ったような笑顔で2人を出迎える。
「ちょっとね、じゃないよ!」
「もしや、ノエルの意識が戻ったことと関係あんのか?」
「あ、まあ……うん」
2人の問い詰めに対しまたも曖昧に頷いたテディは、「後で話すから……」と言い、自身の背後に視線を走らせる。
「……皆さん。何だか、久しぶりですね」
彼の視線の先から上がったのは、生気の薄い声だった。
艶やかなミントグリーンの長髪。爽やかな同色の瞳に、誰もが神秘的だと感じる佇まい。
ベッドの上からそう声をかけたのは、昨日凶弾に倒れ意識を失った、
意識を失ったのは1日前のため、見た目に大きな変化は無い。しかし、まだ本調子ではないのか、彼女の儚げな雰囲気は、一層濃くなっていた。
「……お話は伺っております。では、お話しましょうか」
ノエルは冷静に話を切り出す。
襲撃された
セレスを初めとする他の
ユイト、テディ、ヒロ、そしてノエル。
「平等神……正式には平等神ロサリテ。セントディール王国の国教、ロサリテ教の主神であり、大司教はその復活を目論んでいる、そうですよね」
「うん」
「ああ」
「わかりました。しかし……」
ノエルは理解した、というように軽く頷くと、真剣な表情で3人を見た。
「私の知る限りでは、平等神ロサリテは人間が創り出した想像上の絶対神です。復活させる以前に……実在する神ではありません」
「はあ?」
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