天才知らずの努力モブ〜魔法やスキルを持たない雑魚だと自称していたら実は国家転覆級権能の保有者だと敵国から恐れられた件〜

四葉奏多

ウェスト王国編〜疑惑〜

第1話 日々研鑽って、なんですか?

「これ、今日中に片付けておけよ」


 黄ばんだ書物、洗濯物、そして恐らく大臣や兵士たちが残したであろう残飯が乗った皿、何も城でやる全ての仕事を押し付ける必要ないのに。悲しいことに、ここの城の連中は情というものが欠けているらしい。


「あ、じゃあついでに俺たちの分も頼むわ。この後同僚と飲む約束があってよ、”城巣食い”のお前はいつでも暇だろうしいいよな?」


 そう言って、錆びれた武具を雑に散らかしていくとさらなる業務がのしかかる。どうにも変な噂が城内に出回ってから仕事やら雑用やらなんでもオレに任せればだろうという風潮が出回りつつあった。

 城巣食い、ね。別に年中ずっとこの城にいるわけじゃないのに随分と大袈裟なあだ名をつけたもんだ。それを言うなら500年以上代々血を繋いで玉座の椅子取りゲームを続けている王族たちの方がお似合いだろうに。


 というか、オレなんて異世界の住民たちからしたら新参者もいいところだろう。何せオレ、櫻井京太は紛れもない現実世界から来たこの世界にとっての異物だからな。


 異世界転生や召喚物のアニメやラノベはよく見てたし読んでいたが、まさかオレたちの身に起きることになるとは夢にも思わなかった。異世界=超常的な力というイメージがある通りスキルや魔法の概念はこの世界にも存在する。武具を扱い魔物を倒す戦闘種や味方を癒し回復する治療種、そして武器や道具を生産する加工職。他にも例外的な職種は存在するが少なくともこの三種類に大きく分担される。


 ん、なぜそう言い切れるかって?それは、客観的で歴然とした調査結果が存在しているからな。さっきも言ったように、オレだけでなく他の奴らも異世界召喚とやらに巻き込まれている。

 なんと総勢800名。クラス単位ではなく高校全体を巻き込んだこの超常現象は、壮大な数を異世界へと召喚し一時は大陸中を巻き込んだ。少なくともこれまで平和だった国家間のパワーバランスを崩し、世界の均衡を狂わせたことには違いなかった。


 現状オレの把握しているところでは、この大陸に存在している九つの大国その全てにオレたち異世界人がランダム召喚されたらしい。その証拠として今オレが住んでいるウェスト王国にいる異世界人は元々クラスメイトだった奴らばかりじゃない。顔見知り程度の先輩や後輩、苗字は知らないけど名前は知っている同級生とか広く浅い関係の奴らが多い。顔馴染みの連中もいるにはいるが、戦闘職やら回復職やらアタリ職を引いた連中はハズレを引いたオレのことなど忘れ、いつの間にか関係値に大きな溝が生まれてしまった。


 まぁ元々そんなに親しい仲ではなかったため、小馬鹿にされようが悪口を言われようが大してダメージはない。そう、敢えて文句をつけるとするならば。オレの引いた職が確実に、明確に、基本的な3種の職種ではなく例外を引いてしまったことだろう。


 男物の洗濯を丁寧に畳んで、何もないところで指を鳴らすと、自分の身体能力や魔法、経験値が表示された画面が現れた。オレはこれを現代に倣ってステータス画面と呼んでいる。


 召喚者名:櫻井京太 性別:男性 血液型:A Lv:1

 身体能力:46

 武器適正:なし

 魔法属性:なし

 魔法適正:なし

 保有スキル:なし

 職種:日々研鑽


 ‥‥‥このスキルの意味わかる人。ただいま、絶賛募集中。


 いや、だってそうだろ。なんだこのありそうでない四字熟語。確かこんな字体したやつなかった気がするし、意味だってすげぇ曖昧だ。ひたすら努力しろってことなんだろうが、したら何かいいこと起きるのか?

 重すぎる剣を素振りしたり、厨二ティックな魔法を詠唱したりもしてみた。強くなる努力すればもしかしたらって思ったから。


 そんな鍛錬を続けて一ヶ月。オレが得たものといえば尋常じゃない大きさに膨れ上がった手のひらの豆と、何もないところで詠唱を唱えている変質者という不名誉な称号のみ。分かったことがあるとしたら、自分の能力は役立たずの無能だということか。


 身の丈に合わないことをするのはやめよう、人には適材適所がある。戦えないし、癒せないし、生み出せない。少なくとも他の異世界人と違ってこの国の繁栄にもたらせないオレができることは掃除洗濯家事。そう、奉仕活動くらいだ。同級生で戦闘職の竹宮が一日で稼ぐ金は金貨20枚。対してオレは銅貨8枚。日本円にして200000円と8000円という破格の差だが、そんな不平等にも最近慣れてきた。計算上年収は300万弱、ボーナスもない分現実に比べれば少ないがきっとオレがあっちで稼ぐ給料もさんくらいだったろう。


 てか、


 もういいんだよな。なんでも。


 朝起きて、働いて、飯食って、寝る。どっかでクソして同級生や大臣の悪口浴びて耐え凌ぐ。そして生きる。これでいい。


 オレの人生は、現実でも異世界でも変わらない。


 モブA、いやモブDくらいの立ち位置が似合っている。


 さて今日も、


「おい櫻井いるか?‥‥ッチ、テメェまだ終わってねぇのかよ。ったく、何のためにお前を雇って‥‥」

 

 仕事をしよう。何も考えず、淡々と。

 

 


 ——— ———


「あー、じゃあマジでそうなのかよ」

「昨日上官が言ってた。だから多分嘘じゃないと思うぜ」


 早朝、朝早く起きて仕込んだオレ特製のスープを飲み干しながら二人の中年兵士が何やら噂話を交わしている。仕事柄、多種多様の話が行き交う場面によく出会すが、何故か今日に限っては興味が惹かれた。


「龍蛇様の呪いねぇ‥‥冗談だと思ってたが、ここまで来ると信じるしかないらしいな」

「確かに、偶然にしちゃあ出来過ぎだ。しかも17の歳を迎えた年にこれだかんな。国王もご苦労なこって」


 呪い?国王?どうやらかなりダークな話をしているらしい。いつもの嫁さんと喧嘩してよぉ、とか娘が一緒に風呂入らなくなっちまったぁとか、そういう世俗的な話題でない話はやはり新鮮だからだろうか。


「超気になるな」


 もう少し近づいて聞いてみよう。普段絶対にしないであろう私的前回な行動。胸の鼓動を走らせながらも、空きになった席に置かれた配膳を回収しがてら再び兵士の話に耳を傾けた。


「それで?実際に見たのかよ王女様の顔」

「俺は直接見たことねぇよ。ただ、実際に見ちまったって奴の話によれば肌の至る所に気色悪いイボみたいな黒色のデキモノが出来てたらしい。しかもそれが生き物みてぇにウニョウニョ動くんだと」

「やめろよ気持ち悪い!!メシが不味くなるだろうが!」


 両手の指を使って触手のように蠢めいて見せると、もう一人の兵士が思いっきり引き攣った表情で怒鳴りつけた。話の内容よりも話し方の方に問題があると思ったが、今のリアクションを王族か大臣に見られたら即死刑だなこの人。


 いやそれよりも、呪いによって発現した黒色のデキモノか。


 今の話を素直に解釈すれば本当に呪い、つまりは得体の知れない力によって何かしらの重い病気を王女様は患っているということになるのだが。


 果たして、本当にそうなのだろうか?


 確かにこの世界は現実世界に比べて、理屈や科学で説明のつく事象ばかりではない。詠唱すれば手から炎が出たり、剣から斬撃が飛ぶというなんでもありな世界だ。本当に大昔の呪いなんていうものが王女様を苦しめているのかも知れない。


 知れないのだが‥‥‥


 どこか引っかかる。気のせいと言われてしまえばそれまでなのだが。先ほど兵士たちが口にしていた龍蛇様、黒色のデキモノ、そして、


「生物のように動く現象」


 オレにもニキビやらイボやらは出来たことがあるが、流石にそいつらが意思を持って動き始めたことはない。万が一、この世界のデキモノは動くのならあの兵士たちはあそこまで驚くこともないはず。


 ってことは、やはり調べるならそこだろうな。


 自分は決して、医者や学者ではない。よって豊富な知識や専門的な技術を持ち合わせてはいない。だが、この異世界に召喚して僅かながらに獲得した知識は多い。廃棄書の始末をやらされすぎたからだろうか、興味が出た本や面白そうな書籍は少し拝借して自室に持ち込んだ。結局は捨ててしまうのだから、それくらい許されるだろ?


 ってことで一応今まで捨てろ。燃やせ。廃棄しろと言われた書物は全て読ませていただいた。剣の振り方や魔法の詠唱術、武器やポーションの生産方法なども載っていたから参考にしていたし、アイツらに早く並びたかったから一生懸命努力したのもいい思い出だ。


 おかげで、マニアックな知識も———————


「あ」


 その瞬間、点と点が繋がって線になった。これまでの思い出や記憶、経験がひとつなぎになった感覚を覚える。何を言っているのかわからないと思うが、オレもそう思う。


 けれど、


「‥‥んだよ神様、そういうことかよ」


 無意識に震えた拳はいつのまにか走る原動力に。自分に課せられた大量の仕事を放棄して、オレは自室に駆け出した。


 王女様と、自分の運命を変えるために。


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る