没落令嬢、信用経済を志す。-魔法のポイントカードで信用を見える化したら、国に怒られちゃいますか?-

天堂 サーモン

プロローグ

 まさか、こんな日が来るなんて。



「『信用』という人と人との尊い繋がりが……人々の物語の積み重ねが、今、『ポイント』という形で見えるようになったんです」



 帝都の中心に位置する政庁。その奥深く、大評定の間グランド・コンクラーヴェと呼ばれる広間の片隅で、私はお嬢を見ていた。



 半月状に配置された漆黒の議席。

 そこには、政庁を束ねる財務官僚たちがずらりと並んでいる。深緑の揃いの官服が異様なまでの威圧感を放っていた。


 その中心の発言者席には、銀髪を綺麗に結い上げ、濃紺のドレスを纏った令嬢がひとり。



 彼女の名はフェリシア・リュミエール。私がかつて女中メイドとして仕えたお嬢様で――今では交渉主任として私を雇う、ちょっと変わった人だ。



「これは、『信用の革命』です!」



 官僚たちに睨まれながらも、お嬢はそれを物ともせず高らかに宣言した。お嬢の瞳と同じ色の、藍色の魔石の嵌ったカード――ラピス・カードを掲げて。



 昔の私なら、『信用がポイントってどういうこと?』って首を傾げてたと思う。けれど、今なら説明できる。


 お嬢の作ったラピス・カードには取引――日常の買い物なんかも含む――に応じてポイントが貯まる。これは、きちんとお金を出して買い物をした証になる。


 お嬢の言う『信用の革命』とは、その人の正しい経済活動――つまり、『信用』が『ポイント』という数字として可視化されること。その意味を、ようやく私も少しずつ理解しはじめた。



 お嬢の発言の余韻が消えるとともに、さざ波のようなざわめきが議場に広がっていく。喧噪が場を満たしたとき、一人の若い官僚が立ち上がり、お嬢に指を突き付けた。



「先ほどから聞いていれば――飽きもせず信用だのポイントだの……いい加減にしないか!」



 発言者はカリス・ヴォルテ――『数字の預言者』とか呼ばれている、気鋭の若手官僚らしい。私にとっては、ラピス・カードを危険視し、お嬢をこの場に呼び吊るし上げにしようとしている悪い奴でしかないけど。


 高窓から差し込む陽光が、その金色の髪を暗い議場の中で眩しいほどに照らしている。しかし、その輝きと対照的に彼の表情は晴れず、せっかくの綺麗な顔を焦燥に歪めていた。


「このままポイントの価値が上がり、貨幣が力を失い国が乱れたら、誰が責任を取る?!」


 カリスの発言を、お嬢はびくともせず受け止め、ふと、柔らかく微笑んだ。その言葉を待っていました――そんな言葉が聞こえてきそうな、そんな顔で。


 それを受けて、カリスはわずかに身構える。


「……私は、ポイントを……『信用』を、愛しています」


 独白するように呟き、お嬢は虚空を見つめる。その瞳には一片の迷いはない。普段通り、狂気すら感じるような真っ直ぐさと、未来への期待で輝いている。


「もしポイントが、信用が、この国を決定的に害するときが来たら……。どうぞ、いつでも私を処してください」


 お嬢は頬を紅潮させ、両手を宙に差し伸べる。その姿はかつて自称していた『信用』の崇拝者そのもので……背筋が寒くなるほど美しかった。



「『信用』の行く末を見守れるのなら――この身、この命……喜んで捧げましょう!」



 お嬢の放つ異様な圧に、議場の空気が凍りつく。

 あのカリスでさえも目を剥いてお嬢を見つめたまま、動けない。



 ――ああ……やっぱりお嬢って、ヤバい。でも、だからこそ、目が離せない。



 ついこの間まで近所のパン屋でポイントカードを握りしめていたあのお嬢が……自作のポイントカードで世の中の仕組みを大きく変えようとしてしまうなんて。そして、国の中枢で貴族官僚たちを言葉で圧倒するなんて。


 少し前の私は、思ってもみなかった。



 ――物語は、数か月前に遡る。

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