社畜エンジニア、異世界に召喚されるも「生産スキル」しか授からず役立たず扱い。だがそのスキル、実は神々の遺した「世界創造ツール」だった〜辺境で快適な拠点を作っていたら、いつの間にか最強国家になっていた〜

りおまる

第一部:瓦礫からの創造 ~辺境の工房、二人の誓いと最初の試練~

第1話:社畜、異世界へ。そして即日追放

 目の前が、ぐにゃりと歪んだ。


(あれ……? 俺、いま、何を……)


 確か、連日連夜のシステム改修作業で、三徹目に突入したところだったはずだ。

 キーボードを叩く指が痺れ、モニターの文字が踊り出し、カフェインすら効かなくなって久しい。


 隣の席の同期はとっくに意識を飛ばして白目を剥いてるし、向かいの席の後輩はキーボードに額を打ち付けたままピクリとも動かない。


 そんな地獄のようなオフィスで、俺、田中健一たなかけんいち、二十八歳、独身、システムエンジニアは、朦朧とする意識の中、ただひたすらにプログラムを修正していた。はずだった。


 なのに。


「おお……! ついに、ついに降臨なされたぞ!」

「これが……異世界からの救世の勇者様かっ!」


 どこだ、ここ。

 やけに荘厳な石造りの広間。

 

 床には複雑怪奇な魔法陣らしきものが赤い光を放ち、周囲にはキラキラしたローブを纏った胡散臭い老人たちと、物々しい鎧に身を包んだ騎士たちがズラリと並んでいる。


 そして、俺と同じように呆然と立ち尽くす、見慣れない顔、顔、顔。

 俺を含めて五人。皆、一様に現代風の服装だ。どう見てもファンタジー世界の住人ではない。


(……集団誘拐? いや、にしては状況がぶっ飛びすぎてるな)


 頭がまだ状況についていけていない。

 まるで出来の悪いラノベの導入みたいだ、なんて他人事のように考えてしまう。


「勇者様方! ようこそ、我らが世界アルストロメリアへ! そして、リアスティール王国へ!」


 ひときわ立派なローブを着た、長い白髭の老人が、芝居がかった口調で高らかに宣言した。

 その声には、有無を言わせぬ圧があった。


 アルストロメリア。リアスティール王国。

 聞いたこともない単語の羅列に、俺の社畜脳はさらに混乱を深める。


(異世界召喚……ってやつか? マジかよ、こんなことって本当にあるのか)


 周りの連中も、ようやく事態を飲み込めてきたのか、ざわめき始めている。


 金髪のイケメン風の男が「なんだここ!?」と叫び、快活そうなスポーツ少女が「ドッキリにしては手が込みすぎじゃない!?」と困惑の声を上げる。


 俺みたいに、ただただ呆然としているメガネの青年もいる。

 そして、一人だけ、やけに落ち着いた雰囲気の、長い黒髪の美少女が静かに周囲を観察していた。


「静粛に! これより、勇者様方に授けられし『スキル』の神託を執り行う!」


 老人の言葉に、広間が再び静まり返る。

 スキル。RPGでお馴染みの単語だ。どうやら、俺たちには何か特別な力が与えられるらしい。


(スキルか……。どうせなら、一瞬でバグが全部消えるような、そんな都合のいいスキルがいいな……)


 そんな現実逃避じみたことを考えていると、一人ずつ名前を呼ばれ、祭壇のような場所に進み出るよう促された。

 

 俺の番は四番目だった。


 金髪イケメンは『聖剣技(ランクS)』。

 スポーツ少女は『神速(ランクA)』。

 メガネの青年は『大賢者(ランクS)』。


 おお、なんだかすごいのがポンポン出てくるな。

 

 ランクSだのAだの、いかにも強そうだ。

 特に大賢者とか、プログラマー的にはちょっと憧れる響きだ。エラーメッセージを一瞬で解読してくれそうだ。


 そして、いよいよ俺の番。

 田中健一、と。

 呼ばれて、おそるおそる祭壇の前に立つ。

 目の前の水晶玉が、ぼんやりと光った。


「……田中健一様に授けられしスキルは……」


 ゴクリ、と誰かが唾を飲む音が聞こえる。

 俺も、ほんの少しだけ、期待していたのかもしれない。

 この理不尽な状況を打破できるような、何かすごい力が手に入るんじゃないかと。


「『生産(ランクE)』にございます」


 ……え?


 生産?

 ランクE?


 一瞬、広間がシン、と静まり返った。

 俺自身、頭が真っ白になって、自分が何を言われたのか理解するのに数秒かかった。


(生産……って、あの、アイテムとか作るやつか? 鍛冶とか、裁縫とか……? しかもランクEって……最低ランクじゃねえか?)


 周囲の空気が、明らかに変わった。

 さっきまでの期待に満ちた雰囲気はどこへやら。


 騎士たちからは、露骨な落胆のため息が漏れ聞こえてくる。

 ローブの老人たちも、何やらヒソヒソと囁き合っている。その表情は、明らかに「使えない」と語っていた。


「……外れか……」


 誰かが、吐き捨てるようにそう呟いたのが、やけにはっきりと耳に届いた。

 その声には、侮蔑の色がこもっていた。


 ああ、そうか。

 俺は、ここでも『役立たず』なのか。

 前の世界で、上司によく言われた言葉だ。


「田中君は本当に使えないねぇ」

「君の代わりはいくらでもいるんだよ」


 あの時の、胸を抉られるような無力感が、鮮明に蘇ってくる。


 最後に呼ばれた黒髪の美少女は『聖女(ランクS)』だった。

 再び広間は称賛の声に包まれたが、俺の耳にはもう何も入ってこなかった。


◇ ◇ ◇


 スキル鑑定の後、俺たちはそれぞれ別の部屋に通された。


 他の四人は、見るからに豪華な部屋だったが、俺が案内されたのは、石造りの簡素な小部屋だった。

 

 ベッドと小さな机があるだけ。窓すらない。まるで独房だ。


 しばらくすると、先ほどの白髭の老人が一人でやってきた。

 表情は、さっきまでの芝居がかった歓迎ぶりとは打って変わって、冷淡そのものだった。


「田中健一殿、であったかな」


「……は、はい」


 思わず、社畜根性で背筋を伸ばしてしまう。情けない。


「結論から申し上げよう。貴殿には、この国から出て行ってもらうことになった」


「……え?」


 あまりにストレートな物言いに、俺は言葉を失った。

 出て行け? どこへ? ここは異世界なんだぞ?


「貴殿のスキル『生産(ランクE)』は、我々が求める『救世の勇者』の力とは程遠い。率直に言って、戦力にはなり得ぬ」


 老人は、淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で続ける。


「我が国も、無限に異世界の方々を養えるほど豊かではないのでな。特に、貴殿のような『戦力外』の方を、いつまでもお引き留めするわけにはいかぬのだよ」


(戦力外……か。まあ、確かにそうなんだろうけどさ……)


 反論する気力も湧いてこない。


 ランクEの生産スキルなんて、どう考えても魔王討伐の役には立ちそうもない。

 

 ゲームで言えば、初期村の武器屋の親父とか、そんなレベルだろう。


「つきましては、明朝、北東辺境『忘却の森』へと出発していただく。最低限の装備と食料は用意しよう。あとは、ご自分でよしなに」


 忘却の森。

 なんだか、やけに物騒な名前の森だな。

 

 しかも、「ご自分でよしなに」って……それ、つまり「あとは勝手に死ね」ってことか?


「そ、そんな……。あまりにも、一方的すぎませんか……?」


 かろうじて、それだけ言葉を絞り出す。


「一方的? ふむ、そうかもしれんな。だが、これが決定事項だ。神託により選ばれし勇者様とはいえ、役立たずをいつまでも国費で養うわけにはいかんのでな」


 老人の目は、完全に俺を『不要物』として見ている。

 そこには、一片の同情もなかった。


「では、準備がある故、これにて失礼する」


 そう言い残し、老人はさっさと部屋を出て行った。


 バタン、と重い扉の閉まる音が、やけに大きく響いた。


 一人残された小部屋で、俺は膝から崩れ落ちた。


(……なんだよ、これ。なんなんだよ、これ……っ!)


 怒りよりも先に、どうしようもない絶望感がこみ上げてくる。


 異世界に来て、数時間も経たないうちに、役立たずの烙印を押され、危険な森へ追放。

 まるで、ゴミを捨てるかのような扱いだ。


 ブラック企業で過労死寸前だった俺が、異世界に来てまでこんな目に遭うなんて。

 神も仏もいやしない。

 あるのは、ただ、残酷な現実だけだ。


 涙すら出てこなかった。

 ただ、胸の中に、鉛を流し込まれたような重苦しい絶望だけが、ずっしりと居座っていた。


 一晩中、俺はろくに眠れなかった。

 

 時折、壁の向こうから聞こえてくる、他の勇者たちの楽しげな声や、騎士たちの賞賛の声が、俺の惨めさを際立たせるばかりだった。


◇ ◇ ◇


 翌朝、俺は言葉通り、叩き起こされた。

 眠い目をこすりながら兵士に連れて行かれた先には、一台の粗末な荷馬車が停まっていた。

 

 御者は、無愛想な中年の男が一人。


 渡されたのは、麻の粗末な服一式、古びた革のマント、水の入った皮袋、そして数個の乾パンと、一切れの干し肉だけ。


 武器として、錆びた短剣を一本押し付けられたが、こんなもので何ができるというのか。


 あとは、銅貨が数枚。これが餞別らしい。舐めているとしか思えない。


「……これだけ、ですか」


 思わず尋ねると、兵士は鼻で笑った。


「『生産』スキルがあるのだろう? 何か必要なものがあれば、自分で作ればよかろう。もっとも、そのランクEのスキルで何ができるのかは知らんがな」


 その言葉に、俺は何も言い返せなかった。

 荷馬車の荷台に乱暴に押し込まれる。

 他の勇者たちが見送りに来ることもなく、馬車は静かに王都の門をくぐり抜けた。


 ガタガタと揺れる荷馬車の中で、俺はただ、ぼんやりと遠ざかっていく王都の城壁を眺めていた。


 あそこは、俺にとって、ほんの数時間の夢、いや悪夢の舞台だった。


(これから、どうなるんだろうな……)


 忘却の森。

 名前からして、ろくな場所じゃないことだけは確かだ。

 

 魔物が跋扈し、一度入れば二度と戻れぬと噂される森。


 そんな場所に、こんな貧弱な装備で放り出されて、生き残れるわけがない。


 数日間、馬車は街道を走り続けた。

 最初はそれなりに整備されていた道も、次第に荒れ、人通りもまばらになっていく。


 御者の男は、道中ほとんど口を開かなかった。

 たまに俺に投げかける視線は、汚物でも見るかのように冷たかった。


 そして、追放から五日目の午後。

 馬車は、鬱蒼とした森の入り口で停まった。

 

 昼間だというのに薄暗く、不気味な静けさが漂っている。


 これが、忘却の森か。


「着いたぞ。ここで降りろ」


 御者が、忌々しげに言い放つ。


「この先は、俺も行きたくねえ。あとは勝手にしろ」


 荷台から突き落とされ、俺は尻餅をついた。

 すぐに馬車は向きを変え、あっという間に走り去っていく。


 その場に一人取り残された俺は、ただ呆然と、森の入り口を見上げるしかなかった。


 吹き抜ける風が、やけに冷たく感じられた。


(……本当に、一人になっちまったな)


 声に出してみる。

 自分の声が、妙に頼りなく響いた。


 これから、俺はどうすればいいのだろうか。

 スキル『生産(ランクE)』。

 こんなもので、この先生きのこるなんて、できるのだろうか。


 答えは、出なかった。


 ただ、目の前に広がる、どこまでも続くかのような深い森の闇が、俺のちっぽけな存在を飲み込もうとしている。


 そんな予感だけが、背筋を凍らせていた。

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