社畜エンジニア、異世界に召喚されるも「生産スキル」しか授からず役立たず扱い。だがそのスキル、実は神々の遺した「世界創造ツール」だった〜辺境で快適な拠点を作っていたら、いつの間にか最強国家になっていた〜
りおまる
第一部:瓦礫からの創造 ~辺境の工房、二人の誓いと最初の試練~
第1話:社畜、異世界へ。そして即日追放
目の前が、ぐにゃりと歪んだ。
(あれ……? 俺、いま、何を……)
確か、連日連夜のシステム改修作業で、三徹目に突入したところだったはずだ。
キーボードを叩く指が痺れ、モニターの文字が踊り出し、カフェインすら効かなくなって久しい。
隣の席の同期はとっくに意識を飛ばして白目を剥いてるし、向かいの席の後輩はキーボードに額を打ち付けたままピクリとも動かない。
そんな地獄のようなオフィスで、俺、
なのに。
「おお……! ついに、ついに降臨なされたぞ!」
「これが……異世界からの救世の勇者様かっ!」
どこだ、ここ。
やけに荘厳な石造りの広間。
床には複雑怪奇な魔法陣らしきものが赤い光を放ち、周囲にはキラキラしたローブを纏った胡散臭い老人たちと、物々しい鎧に身を包んだ騎士たちがズラリと並んでいる。
そして、俺と同じように呆然と立ち尽くす、見慣れない顔、顔、顔。
俺を含めて五人。皆、一様に現代風の服装だ。どう見てもファンタジー世界の住人ではない。
(……集団誘拐? いや、にしては状況がぶっ飛びすぎてるな)
頭がまだ状況についていけていない。
まるで出来の悪いラノベの導入みたいだ、なんて他人事のように考えてしまう。
「勇者様方! ようこそ、我らが世界アルストロメリアへ! そして、リアスティール王国へ!」
ひときわ立派なローブを着た、長い白髭の老人が、芝居がかった口調で高らかに宣言した。
その声には、有無を言わせぬ圧があった。
アルストロメリア。リアスティール王国。
聞いたこともない単語の羅列に、俺の社畜脳はさらに混乱を深める。
(異世界召喚……ってやつか? マジかよ、こんなことって本当にあるのか)
周りの連中も、ようやく事態を飲み込めてきたのか、ざわめき始めている。
金髪のイケメン風の男が「なんだここ!?」と叫び、快活そうなスポーツ少女が「ドッキリにしては手が込みすぎじゃない!?」と困惑の声を上げる。
俺みたいに、ただただ呆然としているメガネの青年もいる。
そして、一人だけ、やけに落ち着いた雰囲気の、長い黒髪の美少女が静かに周囲を観察していた。
「静粛に! これより、勇者様方に授けられし『スキル』の神託を執り行う!」
老人の言葉に、広間が再び静まり返る。
スキル。RPGでお馴染みの単語だ。どうやら、俺たちには何か特別な力が与えられるらしい。
(スキルか……。どうせなら、一瞬でバグが全部消えるような、そんな都合のいいスキルがいいな……)
そんな現実逃避じみたことを考えていると、一人ずつ名前を呼ばれ、祭壇のような場所に進み出るよう促された。
俺の番は四番目だった。
金髪イケメンは『聖剣技(ランクS)』。
スポーツ少女は『神速(ランクA)』。
メガネの青年は『大賢者(ランクS)』。
おお、なんだかすごいのがポンポン出てくるな。
ランクSだのAだの、いかにも強そうだ。
特に大賢者とか、プログラマー的にはちょっと憧れる響きだ。エラーメッセージを一瞬で解読してくれそうだ。
そして、いよいよ俺の番。
田中健一、と。
呼ばれて、おそるおそる祭壇の前に立つ。
目の前の水晶玉が、ぼんやりと光った。
「……田中健一様に授けられしスキルは……」
ゴクリ、と誰かが唾を飲む音が聞こえる。
俺も、ほんの少しだけ、期待していたのかもしれない。
この理不尽な状況を打破できるような、何かすごい力が手に入るんじゃないかと。
「『生産(ランクE)』にございます」
……え?
生産?
ランクE?
一瞬、広間がシン、と静まり返った。
俺自身、頭が真っ白になって、自分が何を言われたのか理解するのに数秒かかった。
(生産……って、あの、アイテムとか作るやつか? 鍛冶とか、裁縫とか……? しかもランクEって……最低ランクじゃねえか?)
周囲の空気が、明らかに変わった。
さっきまでの期待に満ちた雰囲気はどこへやら。
騎士たちからは、露骨な落胆のため息が漏れ聞こえてくる。
ローブの老人たちも、何やらヒソヒソと囁き合っている。その表情は、明らかに「使えない」と語っていた。
「……外れか……」
誰かが、吐き捨てるようにそう呟いたのが、やけにはっきりと耳に届いた。
その声には、侮蔑の色がこもっていた。
ああ、そうか。
俺は、ここでも『役立たず』なのか。
前の世界で、上司によく言われた言葉だ。
「田中君は本当に使えないねぇ」
「君の代わりはいくらでもいるんだよ」
あの時の、胸を抉られるような無力感が、鮮明に蘇ってくる。
最後に呼ばれた黒髪の美少女は『聖女(ランクS)』だった。
再び広間は称賛の声に包まれたが、俺の耳にはもう何も入ってこなかった。
◇ ◇ ◇
スキル鑑定の後、俺たちはそれぞれ別の部屋に通された。
他の四人は、見るからに豪華な部屋だったが、俺が案内されたのは、石造りの簡素な小部屋だった。
ベッドと小さな机があるだけ。窓すらない。まるで独房だ。
しばらくすると、先ほどの白髭の老人が一人でやってきた。
表情は、さっきまでの芝居がかった歓迎ぶりとは打って変わって、冷淡そのものだった。
「田中健一殿、であったかな」
「……は、はい」
思わず、社畜根性で背筋を伸ばしてしまう。情けない。
「結論から申し上げよう。貴殿には、この国から出て行ってもらうことになった」
「……え?」
あまりにストレートな物言いに、俺は言葉を失った。
出て行け? どこへ? ここは異世界なんだぞ?
「貴殿のスキル『生産(ランクE)』は、我々が求める『救世の勇者』の力とは程遠い。率直に言って、戦力にはなり得ぬ」
老人は、淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で続ける。
「我が国も、無限に異世界の方々を養えるほど豊かではないのでな。特に、貴殿のような『戦力外』の方を、いつまでもお引き留めするわけにはいかぬのだよ」
(戦力外……か。まあ、確かにそうなんだろうけどさ……)
反論する気力も湧いてこない。
ランクEの生産スキルなんて、どう考えても魔王討伐の役には立ちそうもない。
ゲームで言えば、初期村の武器屋の親父とか、そんなレベルだろう。
「つきましては、明朝、北東辺境『忘却の森』へと出発していただく。最低限の装備と食料は用意しよう。あとは、ご自分でよしなに」
忘却の森。
なんだか、やけに物騒な名前の森だな。
しかも、「ご自分でよしなに」って……それ、つまり「あとは勝手に死ね」ってことか?
「そ、そんな……。あまりにも、一方的すぎませんか……?」
かろうじて、それだけ言葉を絞り出す。
「一方的? ふむ、そうかもしれんな。だが、これが決定事項だ。神託により選ばれし勇者様とはいえ、役立たずをいつまでも国費で養うわけにはいかんのでな」
老人の目は、完全に俺を『不要物』として見ている。
そこには、一片の同情もなかった。
「では、準備がある故、これにて失礼する」
そう言い残し、老人はさっさと部屋を出て行った。
バタン、と重い扉の閉まる音が、やけに大きく響いた。
一人残された小部屋で、俺は膝から崩れ落ちた。
(……なんだよ、これ。なんなんだよ、これ……っ!)
怒りよりも先に、どうしようもない絶望感がこみ上げてくる。
異世界に来て、数時間も経たないうちに、役立たずの烙印を押され、危険な森へ追放。
まるで、ゴミを捨てるかのような扱いだ。
ブラック企業で過労死寸前だった俺が、異世界に来てまでこんな目に遭うなんて。
神も仏もいやしない。
あるのは、ただ、残酷な現実だけだ。
涙すら出てこなかった。
ただ、胸の中に、鉛を流し込まれたような重苦しい絶望だけが、ずっしりと居座っていた。
一晩中、俺はろくに眠れなかった。
時折、壁の向こうから聞こえてくる、他の勇者たちの楽しげな声や、騎士たちの賞賛の声が、俺の惨めさを際立たせるばかりだった。
◇ ◇ ◇
翌朝、俺は言葉通り、叩き起こされた。
眠い目をこすりながら兵士に連れて行かれた先には、一台の粗末な荷馬車が停まっていた。
御者は、無愛想な中年の男が一人。
渡されたのは、麻の粗末な服一式、古びた革のマント、水の入った皮袋、そして数個の乾パンと、一切れの干し肉だけ。
武器として、錆びた短剣を一本押し付けられたが、こんなもので何ができるというのか。
あとは、銅貨が数枚。これが餞別らしい。舐めているとしか思えない。
「……これだけ、ですか」
思わず尋ねると、兵士は鼻で笑った。
「『生産』スキルがあるのだろう? 何か必要なものがあれば、自分で作ればよかろう。もっとも、そのランクEのスキルで何ができるのかは知らんがな」
その言葉に、俺は何も言い返せなかった。
荷馬車の荷台に乱暴に押し込まれる。
他の勇者たちが見送りに来ることもなく、馬車は静かに王都の門をくぐり抜けた。
ガタガタと揺れる荷馬車の中で、俺はただ、ぼんやりと遠ざかっていく王都の城壁を眺めていた。
あそこは、俺にとって、ほんの数時間の夢、いや悪夢の舞台だった。
(これから、どうなるんだろうな……)
忘却の森。
名前からして、ろくな場所じゃないことだけは確かだ。
魔物が跋扈し、一度入れば二度と戻れぬと噂される森。
そんな場所に、こんな貧弱な装備で放り出されて、生き残れるわけがない。
数日間、馬車は街道を走り続けた。
最初はそれなりに整備されていた道も、次第に荒れ、人通りもまばらになっていく。
御者の男は、道中ほとんど口を開かなかった。
たまに俺に投げかける視線は、汚物でも見るかのように冷たかった。
そして、追放から五日目の午後。
馬車は、鬱蒼とした森の入り口で停まった。
昼間だというのに薄暗く、不気味な静けさが漂っている。
これが、忘却の森か。
「着いたぞ。ここで降りろ」
御者が、忌々しげに言い放つ。
「この先は、俺も行きたくねえ。あとは勝手にしろ」
荷台から突き落とされ、俺は尻餅をついた。
すぐに馬車は向きを変え、あっという間に走り去っていく。
その場に一人取り残された俺は、ただ呆然と、森の入り口を見上げるしかなかった。
吹き抜ける風が、やけに冷たく感じられた。
(……本当に、一人になっちまったな)
声に出してみる。
自分の声が、妙に頼りなく響いた。
これから、俺はどうすればいいのだろうか。
スキル『生産(ランクE)』。
こんなもので、この先生きのこるなんて、できるのだろうか。
答えは、出なかった。
ただ、目の前に広がる、どこまでも続くかのような深い森の闇が、俺のちっぽけな存在を飲み込もうとしている。
そんな予感だけが、背筋を凍らせていた。
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