第21話:菜の花コロッケ、はじめての試作会
厨房の中が、
すこしだけ、特別な空気に包まれていた。
今日は、
菜の花入りコロッケの、試作会だった。
「りるむちゃん、準備できたら始めようね」
店長が、ふわりと笑った。
「はいっ!」
私は、
エプロンのすそをきゅっと握りしめて、うなずいた。
作業台の上には、
春キャベツ、新じゃが、そして菜の花。
菜の花を見つめると、
胸の奥が、ぽうっとあたたかくなった。
──がんばろう。
菜の花は、
すこしだけ苦みがある。
そのままじゃ、
コロッケには向かないかもしれない。
私は、
下ごしらえをていねいに始めた。
さっと湯がいて、
やさしく冷水にさらす。
でも──
思ったより、
菜の花がくたっとなってしまった。
「あわわ……」
思わず、小さな声がもれた。
後輩ちゃんが、心配そうにのぞきこむ。
「だ、大丈夫ですかっ?」
「だ、だいじょうぶっ!」
私は、
すこし震える声で答えた。
──あきらめない。
菜の花を、
細かく刻んで、じゃがいもとやさしく混ぜる。
ほんの少しだけ、塩を足す。
香りを逃さないように、
そっと、そっと、丸める。
トングで、
油の中にすべらせると──
ジュワッ。
あたたかい音が、
厨房いっぱいに広がった。
菜の花とじゃがいもの、
やさしい匂いがふわりと立ちのぼる。
ふわり。
ころん。
きつね色に揚がったコロッケが、
売り場用のトレーの上に並んだ。
私の手の中で、
小さな春風たちが、ころころと転がる。
みんなが、
作業の手をとめて、
そっと集まってきた。
「りるむちゃんの、はじめての試作コロッケ、いただきますっ!」
後輩ちゃんが、元気に声をあげる。
店長も、新しい先輩も、
にこにこ笑いながら、小さなコロッケを手に取った。
ドキドキしながら、
私は、みんなの様子を見つめた。
──おいしく、できてるかな。
ひとくち、ぱくり。
ふたくち、もぐもぐ。
そして──
「やさしい味だね」
店長が、ふわりと笑った。
「菜の花のほろ苦さが、春らしくていい!」
「じゃがいもが甘くて、すっごく食べやすいですっ!」
後輩ちゃんも、
にぱーっと笑って言った。
胸の奥が、
じんわりと、あたたかくなった。
──よかった。
──ちゃんと、届けられた。
手のひらに、
そっと、春風が宿った気がした。
「これ、春の新メニューにしようか!」
店長が、
明るく言った。
私は、
ぱあっと顔を輝かせた。
「はいっ!」
嬉しさが、
胸いっぱいにふくらんだ。
菜の花入りのコロッケ。
ちいさな春風コロッケ。
わたしが、
はじめて生み出した、
わたしだけの春風。
厨房の奥で、
油のジュワジュワという音が、
やさしく響いていた。
──また、あしたも。
この春風を、
誰かの今日に、そっと届けられますように。
今日も、願いをこめて。
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