第10話:おばあちゃんの、ひとくち
昼下がりの売り場は、
ほんのり静かで、あったかい。
きつね色のコロッケたちが、
ガラスケースの中で、ころんと並んでいる。
私は、
エプロンのすそをぎゅっと握りながら、
今日もそっと見守っていた。
──今日も、ちゃんと、だれかに届きますように。
そんなふうに願いながら。
カランコロン。
ドアベルが、小さく鳴った。
ふわりと入ってきたのは、
小さなかごを抱えた、おばあちゃんだった。
白い髪をきちんとまとめて、
ゆっくりと歩く、おなじみの常連さん。
「こんにちは」
私は、ちいさな声であいさつした。
おばあちゃんは、ふわりと笑って、
まっすぐコロッケのケースに向かった。
そして、ガラスの向こうを、
そっと見つめながら言った。
「この前のコロッケ、とてもおいしかったよ」
胸の奥が、きゅっとふくらんだ。
「また、買いに来たの」
そう言って、
おばあちゃんは、ひとつ、コロッケをトングでつかんだ。
私は、そっと紙袋に包んで、手渡した。
その手は、すこし小さくて、やわらかかった。
おばあちゃんは、にこにこ笑いながら、
袋からコロッケを取り出して、
その場で、ぱくりと一口食べた。
さくっ。
ふわっ。
揚げたての音が、小さく鳴った。
そして、ふわりと笑った。
「うん、おいしい」
たった、それだけの言葉だったのに、
胸の奥が、じんわりと、あたたかくなった。
がんばった日も、
泣きたくなった日も、
しゅんとした日も、
みんな、この一言に包まれた気がした。
──がんばってよかった。
涙が出そうになったけど、
ぐっとこらえて、
私は、ぱあっと笑った。
「ありがとうございますっ!」
おばあちゃんは、
やさしくうなずいて、
ゆっくりとお店をあとにした。
カランコロン。
ドアベルの音が、
今日だけ、特別にやさしく聞こえた。
ガラスケースの向こうで、
きつね色のコロッケたちが、
ふわりと笑っているように見えた。
私は、
エプロンのすそをきゅっと握りしめた。
──また、あしたも。
ちいさな春風を、
だれかの今日に、そっと届けられますように。
今日も、願いをこめて。
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