第7話:おいしかったよ、の魔法
ガラスケースの中に、
きつね色のコロッケたちが、ころんと並んでいる。
今日は、売り場に立つ担当。
エプロンをきゅっと結び直して、
私は小さく深呼吸した。
──だいじょうぶ。
──今日も、ちゃんと届けよう。
胸の奥にそっと、願いをしまって。
私は「いらっしゃいませっ!」と、元気よく声を出した。
お客さんたちが、ふわりふわりと店内に流れてくる。
コロッケに目を向けてくれる人。
からあげを手に取る人。
お惣菜をゆっくり選ぶ人。
私は、ガラス越しに、そっと見守る。
ふと、
小さな男の子を連れたお母さんが、
売り場の前で立ち止まった。
そして、
ふわりと、笑って言った。
「この前買ったコロッケ、おいしかったよ」
一瞬、耳を疑った。
でも、にっこり笑ったお母さんの顔に、
その言葉がほんとうだって、すぐにわかった。
胸の奥が、きゅっとふくらんだ。
「ありがとうございますっ!」
声が、少しだけ震えた。
そのまま、男の子がにこにこ笑って、
トレーにコロッケを一つのせた。
あったかい光が、
胸いっぱいに、ひろがった。
──ああ、
わたしのコロッケ、
ちゃんと、だれかの「おいしい」になったんだ。
涙が出そうだった。
でも、ぐっとこらえて、
私は、エプロンのすそをきゅっと握った。
カランコロン。
ドアベルの音が、いつもより、
すこしだけやさしく響いた。
閉店後、厨房に戻ると、
店長と先輩が、にこにこ顔で待っていた。
「りるむちゃん、おつかれさま!」
店長の手には、
やさしい黄色をした、たまごのプリン。
「今日、すっごくがんばってたから、ごほうびだよ」
ほんのり甘い香りが、ふわっと鼻をくすぐる。
私は、ぱちぱち瞬きして、
それから、ぱあっと笑った。
「ありがとうございますっ!」
スプーンですくったプリンは、
たまごの味がしっかりしていて、
ふわりと優しく口のなかに溶けた。
胸の奥まで、
甘い春風が、吹き抜けるみたいだった。
──また、あしたも。
だれかの「おいしい」のなかに、
ちいさな春風を届けられますように。
今日も、願いをこめて。
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