第5話:空っぽのガラスケース
夕方の光が、ガラスケースをふんわり照らしていた。
昼間よりも、やわらかく、あたたかい色。
私は、売り場の端っこに立って、
そっとケースの中をのぞきこんだ。
そこに、もう、
コロッケの姿はなかった。
ころんと、いびつだったコロッケたち。
まんまるじゃなかったけど、
どれも、心をぎゅっと込めて作った、たいせつな子たち。
ガラスの中が、空っぽになっているのを見た瞬間、
胸の奥がふわっとふくらんだ。
──全部、だれかの手に、渡ったんだ。
「りるむちゃん、やったね」
店長の声が、背中越しに聞こえた。
「ぜんぶ、売れたよ」
私は、エプロンのすそをぎゅっとにぎった。
うれしくて、
胸がぽかぽかして、
なんだか泣きそうだった。
でも、泣いちゃったら、
コロッケみたいに顔がぐしゃぐしゃになりそうで、
だから、ぎゅっと笑った。
まだほんの少し、
衣がいびつだったり、
揚げ色がそろってなかったり。
それでも、ひとつずつ、
おいしくなあれって願いながら、
一生懸命に手を動かした。
その気持ちが、
ちゃんと届いたのかなって思ったら、
胸のなかに、あたたかい春風が吹いた。
──ありがとう。
──おいしく食べてもらえますように。
そんなちいさな気持ちを、
売り場のガラス越しに、
そっとコロッケたちに手渡した気がした。
ケースの中は、もう空っぽなのに、
心の中は、いっぱいだった。
うれしくて、
くすぐったくて、
なんだか、すこしだけ、泣き虫になった自分を抱きしめたくなった。
カランコロン。
ドアベルが、小さな音を鳴らす。
ふらりと入ってきたお客さんたちが、
楽しそうに惣菜を選んでいる。
私は、エプロンをぎゅっと結び直して、
まっすぐ立った。
「いらっしゃいませっ!」
元気よく、声を出す。
──また、あしたも。
ちいさな春風を、
誰かの今日に、そっと届けられますように。
空っぽのガラスケースに、
あたたかな願いを、もういちどそっと、こめながら。
今日も、願いをこめて。
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