第9話 だから俺はオタクを許せない
「シンヤァァァ!」
「コウタァァァ!」
「勝つのは!俺だァァァ!!!」
ゴールテープを同時に駆け抜けた
――結果は、まさかの「同着」。
これまで以上の声援が飛び交う
「……ハァ、ハァ……」
「やりやがったな、お前……」
汗だくで荒い息を吐きながら、互いににらみ合うコウタとシンヤ。
そのとき、コウタの胸にひっかかったのは、シンヤの目の奥にあった“迷い”だった。
(――なんで、あいつはあんな顔をするんだ?)
そして体育祭は大盛況に終わったのだった
夕暮れの体育館裏
静かな放課後の校庭。
グラウンドの喧騒が遠のき、体育館の裏に回ると、ひとりベンチに座るシンヤの姿があった。
「ここにいたのか、シンヤ」
缶ジュースを2本手にしたコウタが声をかける。
彼はまだリレーの余韻を引きずるように、ジャージ姿のままだ。
「……しつこいな、お前」
「お前のこと、ちゃんと知りたいって思っただけさ。勝負は終わった。でも――お前のあの目が、気になったんだよ」
缶を差し出すと、シンヤは無言で受け取り、パシュッと音を立てて開けた。
少しだけ、遠くの空を見つめるようにしてから、静かに口を開く。
「……兄貴がいたんだ。名前は、レン。」
シンヤにお兄さん……?
「兄貴はさ、誰が見ても完璧だったよ」
少し懐かしそうに、そして少しだけ寂しそうに、シンヤは語り始めた。
「運動は誰よりもできて、成績も学年トップ。バレーじゃ全国区のセッターとして注目されてて、いつも俺の憧れだった」
「……兄貴と一緒にいるだけで、安心できた。自然と笑えて、俺のヒーローだったんだ」
その表情が、次第に曇っていく。
「でも――そんな兄貴が、唯一“変わってる”って言われてたのが……“アニメ好き”だったことだった」
「休日はアニメショップに通って、フィギュアやBDを集めて。家にはポスターや抱き枕、アニメの曲をいつも口ずさんでて……正直、俺も最初は驚いたよ。でも――」
コウタは息を呑んで聞いていた。
「でも、兄貴はそれを楽しそうに話してくれた。“好きなものを好きって言える人生の方がいい”って、笑ってた」
「だから俺も……その姿を“かっこいい”って思った。オタクとか、そんなラベル関係なく、“好き”に素直な兄貴が、俺は好きだった」
崩壊の始まり
「だけど……」
シンヤの声が少しだけ震える。
「ある日、兄貴の部屋に貼ってあったポスターの写真が、SNSに流出したんだ。そこからは早かった。『気持ち悪い』とか『オタクのくせに全国目指してんの?』とか、学校でも、バレー部でも――兄貴は、“変人”扱いされるようになった」
「誰も、兄貴のことを見ようとしなくなった。どれだけ努力しても、どれだけ結果を出しても、“オタク”って言葉だけで笑われた」
「それでも兄貴は頑張ってた。笑ってた。でも、ある日、ぽつりとこう言ったんだ」
『俺、コートよりも、アニメの中にいた方が楽しいかもな』
「……冗談みたいに言ってた。でも、俺には、あの時の兄貴の目が、すごく遠くを見てるように見えた」
コウタは唇を噛みしめた。
「兄貴は、最後まで誰にも弱音を吐かなかった。でも――ある日、学校を休んだ日、そのまま帰ってこなかった」
「帰って来なかったって……」
「部屋に残ってたのは、大好きだったアニメのフィギュアと、バレーボールのユニフォーム。そして、これまでの気持ちを綴ったノートだけだった」
静寂が、2人の間を支配した。
「俺は、あの日から信じられなくなった。アニメが好きってだけで、大事な人が壊されるなんて――そんなのおかしいだろ」
「だから、俺は“オタク”を……全部、憎むようになったんだよ」
コウタの想い
「……シンヤ」
コウタは静かに言葉を置いた。
「俺は、たしかに“オープンなオタク”だ。だけど、それでも恥ずかしいと思う生き方は、していない」
「もしお前の兄貴が、俺みたいにバカやって、周りに引かれながらも生きてたら――違う未来もあったのかもな」
「……っ!」
「兄貴のこと、ちゃんと聞けてよかった。ありがとう」
そう言って、コウタは立ち上がる。
空を見上げて、ポツリと呟いた。
「……オタクが悪いんじゃない。わかってくれる奴が少ないだけだろ。だったら俺が、“わかってくれる奴”になってやるよ」
その言葉に、シンヤは少しだけ、目を見開いた。
場面転換:ミナト視点
――その日の放課後。ミナトはこっそりカバンの中身を確認していた。
(よし、グッズはちゃんと奥に入れて……)
しかし、そのとき。
「おーい、ミナトー! これ、落としたぞ?」
クラスメイトの男子が差し出したのは――
『神鳴のカグラ』のアクリルチャーム。
一瞬、教室の空気が止まる。
「……あれ? これってアニメの……?」
「ミナトって、オタクなの?」
「え、意外かも〜」
ミナトの顔から血の気が引く。
そして――
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